原子軌道(基底関数)をガウス関数で用意したとき、重なり積分と運動エネルギー積分までは初等関数の形で積分結果をきれいに表すことができました。ポテンシャルエネルギー積分はどうでしょうか?
結論から言うと、ポテンシャルエネルギー積分は初等関数の形では表すことができません。しかし、誤算関数と呼ばれる特殊関数$F(x)=\int^1_0\exp(-x^2)dx$を用いることでポテンシャルエネルギー積分も十分きれいな形で表すことができます。

特殊関数の準備
それでは、$(s|\frac{1}{r}|s)$を計算する前に必要となる特殊関数である誤差関数$F_m(x)$を紹介します。

誤差関数はガウス積分$\int^\infty_{0}\exp(-x^2)dx$を区間$[0,1]$で打ち切った積分で、$m=0$、$x\to\infty$極限でガウス積分の結果に一致します。
また、$m$次と$m+1$次の誤差関数は次のように$m$次の誤差関数を微分したものが$m+1$次の誤差関数になる関係性がわかります。マイナスが必要なことに注意ですが、微分すれば簡単に確認できます。


さて、準備は以上で完了です。
(s|1/r|s)について
ポテンシャルエネルギー積分で最も難しいのは$(s|\frac{1}{r}|s)$の積分です。これができれば$(p_x|\frac{1}{r}|s)$や$(p_x|\frac{1}{r}|p_y)$の積分は比較的簡単に行うことができます。
ポイントは3つです。下に示している計算式の赤字部分です。
- $\frac{1}{r_c}=\int^\infty_0\exp(-r_c^2u^2)\text{d}u$と書き換える。
- $A_x$、$B_x$、$u^2C_x$を含む$x$の二次式について平方完成を行う。
- $u^2=\frac{\eta{u^2}}{1-t^2}$で置換積分を行う。

この3つはどれも知らないと思いつかない変形かと思います。特に、2つめの赤字部分である$A_x$、$B_x$、$u^2C_x$を含む$x$の二次式について$P_x=\frac{aA_x+bB_x}{a+b}$や$(AB)_x=A_x-B_x$などを利用した式で平方完成の形で表すのは初見で思いつくのはほぼ不可能ではないでしょうか?

初見でできたらラマヌジャンです
ポテンシャルエネルギー積分$(s|\frac{1}{r}|s)$の計算結果としては$(s|\frac{1}{r}|s)=\frac{2\pi}{\eta}e^{-\xi{AB}^2}F_0(\eta{PC^2})$とかなりすっきりした形で表すことができます。

【問題】平方完成部分について
平方完成部分について、計算を行えば等価変形になっていることがわかると思います。ぜひ、計算力に自信のあるかたは一度チャレンジしてみてください。一気に平方完成を目指すのではなく、左辺=右辺を示すことをまずは目指したほうが良いと思います。(片手間の計算量ではありません。A4の計算用紙を複数枚準備してトライしてください)

答えはこちら。
計算にチャレンジした人は証明することができたでしょうか?$\times1$や$+0$をうまく繰り返すことで$P_x$や$(AB)_x$、$(PC)_x$を含んだ式に平方完成させることができます(数式の赤字部分です)。

(p_x|1/r|s)について
$(s|\frac{1}{r}|s)$を乗り越えると$(p_x|\frac{1}{r}|s)$はさほど難しくありません。重なり積分や運動エネルギー積分と同じように$(x-A_x)G(a,\boldsymbol{A})=\frac{1}{2a}\frac{\partial}{\partial{A_x}}\exp(-a\boldsymbol{r}_A)$を利用します。
さらに、$0$次誤差関数の微分が$1$次の誤差関数であることを利用するとあっさり答えが出ます。

(p_x|1/r|p_y)について
最後に$(p_x|\frac{1}{r}|p_y)$にチャレンジしましょう。$(p_x|\frac{1}{r}|s)$をさらに$\frac{\partial}{\partial{B_y}}$で微分することで答えを得ることができます。
答えはこちら

まとめ
このページでは量子化学計算の基本となるポテンシャルエネルギー積分の計算を行いました。
電子電子間の相互作用を考慮しない量子化学計算を行うのであれば、重なり積分、運動エネルギー積分とポテンシャルエネルギー積分だけで分子軌道を得ることもできます。