大学などにおける化学工学の授業では、並流型か向流型の単純な熱交換器を取り扱う場合がほとんどです。しかし、実際の工場では、単純な熱交換器ではなく、内部でシェル側流体やチューブ側流体が往復するマルチパス型の熱交換器が利用されるケースもかなり多いです。
マルチパス型の熱交換器には、スペースを効率的に利用できたり、流速を上げることで熱交換効率を上げる効果などがあるためです。

大学で熱交換器を教わったとき、私はマルチパス型には公式がないのか疑問でした。
このページでは、まず簡単な計算問題を通してマルチパス型熱交換器に親しみを持ってもらうことから始めて、マルチパス型の熱交換器の熱交換量を計算する際の疑問点(補正係数、伝熱面積、対数平均温度差の取り方など)について解説します。
【まずは】例題を通してマルチパス型熱交換器に親しもう

マルチパス型熱交換器に親しむため、例として次の問題を解いてみましょう
流量$1.6\text{ton/hr}$で$90^\circ\text{C}$の廃温水を用いて、流量$0.8\text{ton/hr}$で$10^\circ\text{C}$の冷水を$50^\circ\text{C}$まで加熱する熱交換器の必要伝熱面積を求めよ。ただし、総括伝熱係数は$200\text{W/m}^2\cdot\text{K}$、水の比熱は$4.2\text{kJ/kg}\cdot\text{K}$とし、熱交換器は①並流式、②向流式、③多管式(1シェルー2チューブパス)の3種類について比較検討せよ(ただし、廃温水はシェル内、冷水はチューブ内を流れるとする)


tube側の流体が往復していてマルチパスになっているね
胴側流体の流入温度が$T_s(入口)$、流出温度が$T_s(出口)$であり、tube側流体の流入温度が$T_t(入口)$、流出温度が$T_t(出口)$であったする。この時、熱交換量の対数平均温度差の公式は次の通りになる。
並流式熱交換器:$\Delta{T}_{\text{LM}}(\text{並})$$=\frac{(T_s(入口)-T_t(入口))-(T_s(出口)-T_t(出口))}{\ln(T_s(入口)-T_t(入口))/(T_s(出口)-T_t(出口))}$
向流式熱交換器:$\Delta{T}_{\text{LM}}(\text{向})$$=\frac{(T_s(入口)-T_t(出口))-(T_s(出口)-T_t(入口))}{\ln(T_s(入口)-T_t(出口))/(T_s(出口)-T_t(入口))}$
多管式熱交換器:$\Delta{T}_{\text{LM}}(\text{多})=F\Delta{T}_{\text{LM}}(\text{向})$
ただし、$F$については、$X=-(T_s(入口-T_t(出口))/(T_t(入口)-T_t(出口))$, $Y=(T_t(入口)-T_t(出口))/(T_t(入口)-T_s(入口))$として、補正ファクター$F$をグラフ等から読み取る。


「グラフ等」から$F$値を読み取るとしていますが、後で解説するように$F$値は解析的に与えることも可能です。
交換熱量に関して、$Q=(0.8\times10^3/3600)(4.2)(50-10)$$=(1.6\times10^3/3600)(4.2)(90-T_{\text{廃温水}}(\text{out}))$なので、$Q=37.3\text{kW}$、$T_{\text{廃温水}}(\text{out})=70^\circ\text{C}$である。したがって、各方式の対数平均温度差$\Delta{T}_{\text{LM}}$は以下の通りである。
①並流式 $\Delta{T}_{\text{LM}}(\text{並})$$=\frac{(90-10)-(70-50)}{\ln(90-10)/(70-50)}=43.3^\circ\text{C}$
②向流式 $\Delta{T}_{\text{LM}}(\text{向})$$=\frac{(90-50)-(70-10)}{\ln(90-50)/(70-10)}=49.3^\circ\text{C}$
③多管式 $X=-(90-70)/(10-50)=0.5$, $Y=(10-50)/(10-90)=0.5$なので、グラフから補正ファクターは$F=0.94$となる。したがって、$\Delta{T}_{\text{LM}}(\text{多})$$=F\times{T}_{\text{LM}}(\text{向})=0.94\times49.3=46.3^\circ\text{C}$

熱交換器の式$Q=AU\Delta{T}_{\text{LM}}$に各値を代入すると、必要な伝熱面積は$A(\text{並})=4.31\text{m}^2$、$A(\text{向})=3.78\text{m}^2$、$A(\text{多})=4.03\text{m}^2$となる。
このように、チューブが内部で往復する2パス型の熱交換器を利用する場合、並流型、向流型の中間の伝熱面積が必要なことが分かります。

マルチパス型は向流と並流が合わさったものだから、自然な結論だね
【本題】マルチパス熱交換器に関する疑問3つを解説
前のセクションで見た通り、マルチパス型の熱交換器においては補正係数$F$を使うことで、熱交換量を$Q=AUF\Delta{T}_{\text{LM}}$で算出することができます。
この公式について、「補正係数$F$の出どころ」、「伝熱面積$A$の取り方」、「対数平均温度差$\Delta{T}_{\text{LM}}$の取り方」について解説していきます。
マルチパス熱交換器の補正係数Fは実験せずに分かるの?

補正係数$F$って実験結果なの?

補正係数$F$は熱交換の微分方程式を解くことで実験せずに得ることができます。
補正係数$F$についてですが、微分方程式を解くことで、実験をせずとも知ることができます。
例えば、先ほどの例題では、1シェル-2チューブ型熱交換器の補正ファクター$F$について、グラフから$F$の値を読み取りました。しかし、実は、今の場合$F$は初等関数で表すことができて、$F=\frac{(X^2+1)^{1/2}\ln[(1-Y)/(1-XY)}{(X-1)\ln\frac{2-XY-Y+Y(X^2+1)^{1/2}}{2-XY-Y-Y(X^2+1)^{1/2}}}$です。(ただし、$X=-\frac{T_s(入口)-T_s(出口)}{T_t(入口)-T_t(出口)}$、$Y=\frac{T_t(入口)-T_t(出口)}{T_t(入口)-T_s(入口)}$です)

tube側が1往復するだけでも、ものすごく複雑だね

補正係数$F$の表式はかなり複雑ですが、解析的に与えられるのは驚くべきことです。この表式はシェル側流体とチューブ型流体の熱交換の微分方程式を解くことで得られます。
証明はこちら

図のようなtube側が内部で往復する1シェル-2チューブ型の熱交換器について考えます。


ぐえぇー
補足1

補足2

マルチパス熱交換器の対数平均温度差はなぜ向流型の式を使うの?

なぜ$\Delta{T}_{\text{向}}$に補正係数$F$をかけたものが$\Delta{T}_{\text{多}}$になるの?

上の「証明」を見てください。$F$の$\frac{1}{X-1}\ln\frac{1-Y}{1-XY}$の部分が$\Delta{T}_{\text{向}}$になるからです
マルチパス型の熱交換器において、対数平均温度差$\Delta{T}$は並流ではなく、向流熱交換器としての定義を使って$\Delta{T}$を計算します。
その理由は、$\frac{1}{X-1}\ln\frac{1-Y}{1-XY}$にあります。この式に$X$と$Y$の定義を代入し、愚直に計算すると、この部分は$\frac{1}{T_s(入口)-T_s(出口)+T_t(入口)-T_t(出口)}\ln\frac{T_t(出口)-T_s(入口)}{T_t(入口)-T_s(出口)}$になるため、結局$\frac{1}{X-1}\ln\frac{1-Y}{1-XY}=1/\Delta{T}_{向}$です。
つまり、$F$の$\frac{1}{X-1}\ln\frac{1-Y}{1-XY}$の部分が$\Delta{T}_{\text{向}}$を表しているため、補正係数$F$を利用する際は対数平均温度差として$\Delta{T}_{\text{向}}$を利用します。
マルチパス熱交換器の伝熱面積は往路、復路両方の表面積を合算するの?

2パス型の場合、伝熱面積$A$はtube流体が一度に通る片道分の面積?それともトータルの面積?

2パスの熱交換器でも$A$は熱交換器トータルの伝熱面積を利用します。
$Q=UAF\Delta{T}$($F=\frac{(X^2+1)^{1/2}\ln[(1-Y)/(1-XY)}{(X-1)\ln\frac{2-XY-Y+Y(X^2+1)^{1/2}}{2-XY-Y-Y(X^2+1)^{1/2}}}$)についてですが、伝熱面積$A$は往路、復路両方のチューブによる伝熱面積両方を足し合わせたものを利用します。
$A$が往路、復路両方の伝熱面積を足し合わせたものであることは、補正係数$F$の導出過程でわかります。あくまでも補正係数$F$は対数平均温度差$\Delta{T}_{\text{向}}$を$\Delta{T}_{\text{多}}$へ補正するものなので、「伝熱面積は熱交換器全体のものを利用する」ということなのでしょう。

残念ながら、うまい説明は思いつきませんでした。
まとめ
このページでは、まず簡単な計算問題を通してマルチパス型熱交換器に親しみを持ってもらうことから始めて、マルチパス型の熱交換器の熱交換量を計算する際の疑問点(補正係数、伝熱面積、対数平均温度差の取り方など)について解説しました。
マルチパス型の熱交換器には、スペースを効率的に利用できたり、流速を上げることで熱交換効率を上げる効果などがあるため、特に大型の熱交換器ではマルチパス型になっていることも多いです。
マルチパス型の補正ファクター$F$は通常、グラフから読み取った値を使うことも多いですが、解析的に与えられることも知っておきましょう。