蒸留では還流はとても大事な存在です。しかし、塔頂液の一部還流液として蒸留塔に戻す必要性については理解がやや難しいです。
確かに還流液が全くないと蒸留塔内が蒸気だけになって、蒸留塔内部の組成が均一になってしまいます。しかし、それなら還流液は最小限さえあれば蒸留の結果は変わらないとは思いませんか?
もちろん還流量が変われば蒸留の結果は変わります。このページでは、還流を身近に感じるためのたとえ話から始めて、階段作図法と計算式を使って還流の役割をわかりやすく考えていきます。
- 還流をイメージするための小話をご紹介します。
- 階段作図法で視覚的に還流の役割を見ます。
- マテバラの式を使って定量的に還流の役割を考えます。
蒸留の小話(昭和型企業と令和型企業)
僕の会社、上級職に問題のある人が多いんだ。
降格制度がない企業だと、問題社員でも上級職に残りやすいよね。実は蒸留塔も同じようなものかもしれないよ。
突然ですが、日本では従来の年功序列型の会社から能力主義の会社を目指す企業が増えています。
降格がほとんどない「昭和型企業」と降格がありえる「令和型企業」、どちらが上級職のクオリティが高まるでしょうか?異論もあるかと思いますが、昇格者と同じくらい降格者もいる企業のほうが、問題のある上級職の割合を減らせると思いませんか?
昇格のチャンスも多いけど、問題があるとすぐに降格させられるのか。確かに問題社員は上級職に残りにくそうだね。
実は、蒸留も似ています。蒸留塔を下る還流量が多いほど、蒸留塔上部の不純物量は低下します。
「下への流れが大きいほど、上の純度は上がる」のは一見おかしい話だけど、実際には真実なんだね。
あくまでイメージですが、蒸留塔(組織)で活発に蒸発と凝縮(昇格と降格)を行えると、塔頂液(管理職)のクオリティは上がりやすいです。
スポーツでも上部リーグと下部リーグの入れ替え戦が多いほうが、上部リーグのレベルは上がるもんね。
視点を変えて、次は不純物の気持ちになってみましょう。
還流比が低い場合、例えば運よく蒸留塔上部にやってこられた不純物(高沸点物質とします)はほとんどそのまま外部へ流出できます。一方、還流比が高い場合、たとえ運よく蒸留塔上部に不純物が来れたとしても、高い割合で再度蒸留塔内部に戻され、再度、蒸発と凝縮のふるいにかけられてしまうのです。
不純物が還流槽まで来たとしても、また蒸留塔に戻されたら、今度は蒸留塔の底に落ちていくかもしれないね。
高沸点不純物の目線から想像すると、蒸留塔のふるいが活発なほど、蒸留塔の上部に上っていきにくくなると思いませんか?
運よく還流槽までたどり着いても、ほとんどがまた蒸留塔に戻されるとなると、僕だったら蒸留塔上部から出るのをあきらめそうになるよ。
以上の話はあくまでたとえ話ですが、還流をイメージをもってとらえることも大事ですよね。
階段作図法で視覚的に考える
たとえ話だけではなく、理論的にも還流比が高いほうが蒸留塔で濃縮させやすいことを見ていきましょう。
まずは、還流比が増えた場合に濃縮が進みやすい理由を、階段作図法で視覚的に考えてみましょう。
蒸留塔は5段で、FEED段は3段目としましょう。
上の図は、アセトンーメチルエチルケトン(等モル比)の原料をそれぞれ還流比$0.5$と$1.0$で階段作図した結果です。
出口濃度が違っているけどいいの?
還流比が異なっているので、出口濃度が変わるのは当然です。
さて、なぜ還流比が大きいほうが物質の濃縮しやすいか階段作図法からわかりますでしょうか?
答えは、もちろん操作線にあります。
気液平衡曲線は還流比で変わらないからね。
図によると、還流比が大きいほうが、気液平衡曲線と操作線の間のスペースが大きく、階段1段あたりの高さを稼ぎやすいことがわかります。
その結果、還流比が小さいと1段あたりの濃縮が進みませんが、還流比が大きい場合は同じ段数でも効率よく濃縮が進むのです。
これが還流比が大きいほうが濃縮が進みやすい理由なんだね。
最後に、定量的に還流比の大きさによる違いを見ていきましょう。
マテバラから定量的に考える
最後にマテリアルバランスの式を使って、還流比$R$が大きくなった際に、なぜ濃縮しやすくなるか考えていきましょう。
$j$段目(赤枠)におけるマテリアルバランスの式を考えていきましょう。
$Lx_{j-1}+Vy_{j+1}=Lx_j+Vy_j$
相対揮発度$K$を使って$y=Kx$と書き換えましょう。$K>1$とします。
$Lx_{j-1}+VKx_{j+1}=(L+VK)x_j$
両辺を$x_{j+1}$で割って、$\frac{x_{j-1}}{x_{j+1}}$のふるまいを考えていきましょう。
$\frac{x_{j-1}}{x_{j+1}}=\frac{L+VK}{L}\frac{1}{1-\frac{\alpha}{x_{j}}}-\frac{VK}{L}$
正の微小量$\alpha$を使って、$x_{j+1}=x_{j}-\alpha$としています。
$K>1$だから、塔底に近いほど$x_{j}$の値は小さくなるからね。
最後に$\alpha$が微小であるから、$\frac{1}{1-\frac{\alpha}{x_{j}}}\sim1+\frac{\alpha}{x_{j}}$を使います。
$\frac{x_{j-1}}{x_{j+1}}\sim1+\frac{VK}{L}\frac{\alpha}{x_{j}}=1+K(R+1)\frac{\alpha}{x_{j}}$
この式から還流比$R$が大きくなるほど、$\frac{x_{j-1}}{x_{j+1}}$は大きくなることがわかります。
これはもちろん、還流量$R$が大きい方が、段あたりの濃縮度合いが大きくなることを意味しています。
まとめ
蒸留塔の還流量が増えたときのふるまいは実体験や計算結果としては塔頂の不純物量が減ることを知っている方も多いですが、なぜそのようなふるまいになるか分かりにくいかと思います。
このページでは、蒸留塔の還流比が大きいほうが成分を濃縮させやすい理由を様々な角度から解説しました。皆さんも還流の役割について考えてみてください。