【ブラケット記法の練習】量子力学の運動量演算子を導こう

運動量演算子ってなんだろう

量子力学や量子化学では運動量の演算子が$-i\hbar\frac{\text{d}}{\text{d}x}$であることは皆知っていますが、導出方法を知らない方も多いのではないでしょうか?

運動量演算子の表式を導く過程を知ることで、運動量演算子が$-i\hbar\frac{\text{d}}{\text{d}x}$である根拠だけでなく、ブラケット記法やδ関数の使い方を学べるなど副次的なメリットがあります。

このページは少し化学者には取っつきにくいかもしれませんので、アンダーライン部分を中心に運動量演算子の導き方を見てみてください。

目次

運動量演算子を導こう

$[\hat{x},\hat{p}]=i\hbar$は粒子の位置$x$と運動量$p$は同時に決定できない(同時固有関数はつくれない)という、不確定性原理につながっています。このページではこの$[\hat{x},\hat{p}]=\hat{x}\hat{p}-\hat{p}\hat{x}=i\hbar$を出発点として、運動量演算子$\hat{p}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}$の表式を導きます。

まずは、$[\hat{x},\hat{p}]=i\hbar$を2つの状態$\bra{x}$と$\ket{x^\prime}$で挟み、$\Braket{x|\hat{x}\hat{p}-\hat{p}\hat{x}|x^\prime}=i\hbar\Braket{x|x^\prime}$とします。

$\ket{x^\prime}$とは粒子が位置$x^\prime$に局在化した状態という意味だね

運動量演算子のx座標表示($\hat{p}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}$)を導くため、$\bra{x}$と$\ket{x^\prime}$で挟みましょう。

左辺については、$\hat{x}\ket{x^\prime}=x^\prime\ket{x^\prime}$と$\bra{x}\hat{x}=x\bra{x}$なので、$左辺=(x-x^\prime)\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}$です。また右辺については、$\ket{x}$は規格直交基底なので、$右辺=\Braket{x|x^\prime}=\delta(x-x^\prime)$とできます。

$\delta(x-x^\prime)$は$\ket{x}\ne\ket{x^\prime}$の時は値が$0$になるってことだよね

$\Braket{x|x^\prime}=\delta(x-x^\prime)$はここでは規格直交基底の定義と考えましょう

したがって$[\hat{x},\hat{p}]=i\hbar$は、$\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}=i\hbar\frac{\delta(x-x^\prime)}{x-x^\prime}$と書き換えられます。

右辺の$\frac{\delta(x-x^\prime)}{x-x^\prime}$については、δ関数の公式$\frac{\delta(z)}{z}=-\frac{\partial\delta(z)}{\partial{z}}$が利用できるので、$\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}=-i\hbar\frac{\partial\delta(x-x^\prime)}{\partial(x-x^\prime)}$と変形できます。

この公式は、$\int{z}\frac{\text{d}\delta(z)}{\text{d}z}=[z\delta(z)]^\infty_{-\infty}-\int\delta(z)$$=-\int\delta(z)$で証明できます

ここで、$\ket{x^\prime}$は$\ket{x}$と独立した状態であることを利用すると、$\partial(x-x^\prime)=\partial{x}$とできるので、$\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}=-i\hbar\frac{\partial\delta(x-x^\prime)}{\partial{x}}$とできます。

最後に$\delta(x-x^\prime)$を$\Braket{x|x^\prime}$に戻すと、$\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}\Braket{x|x^\prime}$になります。

少し抽象的な変形でしたが、これで式変形は完了です。

さて、この$\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}\Braket{x|x^\prime}$という式を解釈しましょう。

この式は、状態$\ket{x^\prime}$に演算子$\hat{p}$を作用させた$\hat{p}\ket{x^\prime}$の$x$座標表示$\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}$は、$\ket{x^\prime}$の$x$座標表示$\Braket{x|x^\prime}$に$-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}$を作用させれば得られる。」ということを表しています。

$\hat{p}\ket{x^\prime}$の$x$座標表示は、$\ket{x^\prime}$の$x$座標表示に$-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}$を作用させたもの、ということだね

したがって、$\Braket{x|\hat{p}|x^\prime}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}\Braket{x|x^\prime}$の式から、($x$座標の表示においては)運動量演算子$\hat{p}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}$であることが導けているのです。

なんだか不穏な( )があるよ?

運動量演算子の表示は$x$座標に限らず、$p$座標などでも書けるため、「$x$座標の表示においては」と限定しています

【よくある勘違い】波動関数のブラケット表記を考える

演算子$\hat{p}$の$x$座標表示は$\bra{x}\hat{p}$、$\ket{x^\prime}$の$x$座標表示は$\Braket{x|x^\prime}$と書ける。」という内容をもう一度考えましょう。

よく$\ket{\phi}=\phi(r)$という書き方をしてしまうことがありますが、実はこの表式には「波動関数を${r}$座標系で表す」という仮定があります。

そのため、厳密には$\ket{\phi}$に$1=\int\ket{r}\bra{r}$をかけた$\ket{\phi}=\int\ket{r}\Braket{r|\phi}=\int\phi(\boldsymbol{r})\ket{r}$から、$\Braket{r|\phi}=\phi(r)$するのがブラケット記号を使った場合は正しい$\phi(r)$の表式です。

シュレーディンガー方程式のハミルトニアンにおいても$\hat{H}=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\text{d}^2}{\text{d}x^2}+V(x)$と書くことがありますが、この数式も演算子$\hat{H}$が$x$座標系で表されていることを暗に仮定しています。

この式も同様に、ブラケット記号を使った場合は$\bra{x}\hat{H}=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\text{d}^2}{\text{d}x^2}+V(x)$と書くのが正しい表式になります。

まとめ

このページでは、$[\hat{x},\hat{p}]=i\hbar$という不確定性原理につながる式から運動量演算子の表式$\hat{p}=-i\hbar\frac{\partial}{\partial{x}}$の表式を導きました。

運動量演算子の導出過程はあまり取り上げられませんが、導出する過程によって、運動量演算子の根拠だけでなく、ブラケット記法やδ関数の使い方を学べるなど副次的なメリットがあります。

また、$\ket{\phi}=\phi(r)$という書き方をしてしまうことがありますが、実はこの表式には「波動関数を${r}$座標系で表す」という仮定があることにも注意しましょう。

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