スピン固有関数は行列を使えば機械的に作成できる

スピン固有関数は行列を使えば機械的に作成可能

複数のスピンを取り扱う場合、スピン演算子の固有関数を作ることがポイントになります。

例えば、2電子系において、単純にαスピンとβスピンを1つずつ持ってくるだけでは1重項状態は作れません。

このページでは、2個、3個、4個の電子があった場合に、行列方程式を使って機械的にスピン固有関数を作る方法をご紹介します。

このページで紹介すること
  • 機械的にスピン固有関数を作る方法をご紹介
  • 2電子、3電子、4電子のスピン固有関数をご紹介

スピン固有関数は行列を使えば機械的に作成可能

量子化学では2つの電子を使って3重項、1重項の固有関数を作るところはよく紹介されますが、もちろんより多くの電子を使ってスピン固有関数も作ることができます。

それを機械的に行う方法が行列固有値方程式を解く方法です。S2P=λPを満たす固有値方程式を実際に解けばよいのです。

スピン昇降演算子を作用させて新しいS2固有関数を作っていく方法もあるよね。

関数同士の直交性などを考慮できれば、スピン昇降演算子を使うことでスピン固有関数を作るももちろん可能です。

スピン固有関数を作る方法として、スピン昇降演算子S±^を使う方法もありますが、関数同士の直交性やどの状態を出発点として演算子を作用させていくかを考える必要があります。一方、行列を使えば、機械的に固有関数を作ることが可能です。

実際に2電子系、3電子系、4電子系のスピン固有関数を機械的に作成していきましょう。

2電子系のスピン固有関数

スピン固有関数において最もよく取り扱われるのが2電子系のスピン固有状態です。

基本的な内容なので、しっかりおさらいしていきましょう。2つの電子があるとき、それぞれの電子はUpスピン|、Downスピン|の2通りがあるので、場合の数は2×24通りがあります。|↑↑|↑↓|↓↑|↓↓です。これら4つはすべてS^zの固有関数にはなっています。

S^zは固有関数を容易に作ることができるんだね。

しかし、S^2に関しては、|↑↑|↓↓は固有関数になっていますが、|↑↓|↓↑は固有関数になっていません。

詳しくはこちら

S^2=S^+S^S^z+S^z2を利用すると、

S^2|↑↓=S^+S^|↑↓S^z|↑↓+S^z2|↑↓=|↑↓+|↓↑になるため、|↑↓は固有関数になっていません。

スピンはS^2の固有関数をどう作るかが常にポイントになります

早速、基底を|↑↑,|↓↑,|↑↓,|↑↑としたときのS^2の表現行列を作りましょう。

S^2=S+^S^Sz^+Sz2^なので、例えば、S^2|↑↑=2|↓↑や、S^2|↓↑=|↑↓+|↓↑になります。つまり、↑↑|S^2|↑↑=2↓↑|S^2|↓↑=↓↑|S^2|↑↓=1です。

S2^すべての行列要素を計算すると、S2^=(2000011001100002)になります。

このS2^を対角化する方程式S2^P=λPを解き、固有ベクトルを探すと次のようになります。基底数と同じ4つの独立した状態に分けることができます。

(2000011001100002)(10000121200121200001)=(2000020000000002)(10000121200121200001)

結果を表にまとめると2電子系のスピン固有関数は次のようになります。

S2
1
(3重項)
0
(1重項)
Sz1|↑↑       
0|↑↓+|↓↑2|↑↓|↓↑2
-1|↓↓       
2電子系のスピン固有関数まとめ

3電子系のスピン固有関数

2電子系と同じようにして3電子系のスピン固有状態を作りましょう。

同じく、S^2=S^+S^S^z+S^z2を利用して、S2^の表現行列を作ります。例えば、S2|↑↑↓=74|↑↑↓+|↑↓↑+|↓↑↑となるので、↑↓↑|S2|↑↑↓1です。

このようにしてS2の表現行列をつくるとS2=14(150000000074400000474000004470000000074400000474000004470000000015)になります。基底は|↑↑↑,|↑↑↓,|↑↓↑,|↓↑↑,|↑↓↓,|↓↑↑,|↓↑↓,|↓↓↑,|↓↓↓の順番です。

このS2表現行列を対角化することでS2の固有関数を一度に得ることができます。固有値方程式の結果をまとめると下の表の通りになります。

もちろん、これらはSzも同時に固有関数になっています。

S2固有関数(規格化定数省略)Sz
154|↑↑↑32
|↑↑↓+|↑↓↑+|↓↑↑12
|↑↓↓+|↑↓↓+|↓↑↓-12
|↓↓↓-32
34|↑↑↓|↑↓↑12
|↑↑↓+|↑↓↑2|↓↑↑
|↑↓↓|↓↑↓-12
|↑↓↓+|↓↑↓2|↓↓↑

|↑↑↓+|↑↓↑2|↓↑↑じゃなくて、|↑↑↓|↓↑↑が解になったんだけど、間違ってますか?

|↑↑↓|↓↑↑も固有値方程式の解です。グラムシュミットの直交化法で直交化すると、|↑↑↓+|↑↓↑2|↓↑↑になります。

固有値方程式では縮退している固有値方程式の解が複数出てくることがあります。縮退している軌道の線形結合をとった軌道も固有値方程式の解であり続けるので、グラムシュミットの直交化法で直交化できます。

4電子系のスピン固有関数

最後に4電子系のスピン固有関数を作りましょう。これまでと同じように、スピンS^2の表現行列を作ります。

4電子スピン行列

同じように、これを対角化します。

S2固有関数(規格化定数省略)Sz
6|↑↑↑↑2
|↓↑↑↑+|↑↓↑↑+|↑↑↓↑+|↑↑↑↓1
|↓↓↑↑+|↓↑↓↑+|↓↑↑↓+|↑↓↓↑+|↑↓↑↓+|↑↑↓↓0
|↓↓↓↑+|↓↓↑↓+|↓↑↓↓+|↑↓↓↓1
|↓↓↓↓2
2|↓↑↑↑3|↑↓↑↑+|↑↑↓↑+|↑↑↑↓1
|↓↑↑↑+|↑↓↑↑3|↑↑↓↑+|↑↑↑↓
|↓↑↑↑+|↑↓↑↑+|↑↑↓↑3|↑↑↑↓
|↓↑↑↓|↑↓↓↑0
|↓↑↓↑|↑↓↑↓
|↓↓↑↑|↑↑↓↓
|↓↓↓↑3|↓↓↑↓+|↓↑↓↓+|↑↓↓↓1
|↓↓↓↑+|↓↓↑↓3|↓↑↓↓+|↑↓↓↓
|↓↓↓↑+|↓↓↑↓+|↓↑↓↓3|↑↓↓↓
0|↓↑↓↑|↓↑↑↓|↑↓↓↑+|↑↓↑↓0
2|↓↓↑↑|↓↑↓↑|↓↑↑↓|↑↓↓↑|↑↓↑↓+2|↑↑↓↓

念のため、一つだけスピン固有関数になっているか確認しておきましょう。Ψ=|↓↑↑↑+|↑↓↑↑+|↑↑↓↑3|↑↑↑↓S2^の固有関数になっていることを確認しましょう。

Sz^Ψ=1なので、Sz^ΨSz2^Ψ=0であることから、S+^S^Ψだけ調べます。

S^Ψ=2[|↓↓↑↑+|↓↑↓↑+|↑↓↓↑|↓↑↑↓|↑↓↑↓|↑↑↓↓なので、S2^Ψ=S+^S^Ψ=2[|↓↑↑↑+|↑↓↑↑+|↑↑↓↑3|↑↑↑↓]=2Ψと固有関数になっていることが確認できます。

直行性を満たす関数は係数が煩雑になるので、このページではこの表現にとどめます。LAPACKなどを使えば直交性を満たす固有ベクトルは計算できます。

直交性を満たす4電子系のスピン固有関数の係数はこちら
4電子スピン固有関数
スペースの都合上、規格化係数は10倍したものを小数点第2位で四捨五入しています

まとめ

このページでは、2電子系、3電子系、4電子系のスピン固有関数の作り方について解説しました。

スピン演算子の表現行列を作り、それを対角化することで機械的にスピン固有関数を作ることができるので、皆さんも一度試してみてください。