量子化学でよくみるブラケット記法の使い方をご紹介

量子化学で使われるブラケット記法を解説

量子化学や量子力学を勉強していると波動関数をブラケット記法でよく表します。量子化学の分野では、ブラケットの中身が単純な分子軌道を表しているのか、軌道に電子が入った電子状態を表しているのか、あるいは基底としての意味を表しているのかは文脈により様々です。

このページでは量子化学の分野でよくみられるブラケットの使い方についてご紹介します。

このページで紹介すること
  • 分子軌道をケットベクトルで表す場合を紹介
  • 電子状態をケットベクトルで表す場合を紹介
  • 積分をブラ・ケットベクトルで表す場合を紹介
目次

分子軌道をケットベクトルで表す場合

量子化学ユーザーが最もよく見るブラケット記法は分子軌道$\psi$を$\Ket{\psi}$のようにケットベクトルを使う場合かと思います。

この$\Ket{\psi}$は分子軌道$\psi$が複数の原子軌道$\{\chi_i\}$によって$\psi=a_1\chi_1+\cdots+a_n\chi_n$と表されるときに、各係数$a_1,\cdots,a_n$を1列の縦行列として、$\Ket{\psi}=\begin{pmatrix}a_1\\\vdots\\a_n\end{pmatrix}$のように並んでいると考えてください。

例えばLiH分子だとLiの1s、2sとHの1sの3つが基底$\{\chi_i\}$になるわけだね。

例えば、LiHをLiの1s、2sとHの1sの3基底で量子化学計算すると、3つの分子軌道が得られます。そのなかで最も低エネルギーな軌道$\phi_{\text{LowE}}$は$\phi_{\text{LowE}}=1.01\chi_{1s}-0.02\chi_{2s}+0.01\chi_{s}$です。

簡略化のため、Liの1s、2s軌道を$\chi_{1s}$、$\chi_{2s}$、Hの1s軌道を$\chi_{H}$と書くことにします。

そのため、ケットベクトルを縦1列の行列で表すと$\Ket{\phi_{\text{LowE}}}=\begin{pmatrix}1.01\\-0.02\\0.01\end{pmatrix}$と書けます。

LiHの最低エネルギー軌道
LiHの最低エネルギー軌道はLi原子上に存在確率が集中します

横一列に$\begin{pmatrix}1.01&-0.02&0.01\end{pmatrix}$と並べても問題ないの?

直交基底で波動関数を展開した場合は、積分計算を行列の演算と同じように計算できるので、ケットは縦、ブラは横の列に並べた方がスムーズです。

同じようにHOMO、LUMO軌道は$\Ket{\phi_{\text{HOMO}}}=\begin{pmatrix}-0.24\\0.56\\0.65\end{pmatrix}$、$\Ket{\phi_{\text{LUMO}}}=\begin{pmatrix}-0.22\\0.98\\-0.87\end{pmatrix}$と書けます。

LiHのHOMO
LiHのHOMO軌道はH原子上に存在確率が集中します

電子状態をケットベクトルで表す場合

電子状態としてケットベクトルが使われている場合もあります。例えば、単配置の電子状態(1つのスレーター行列式で表される電子状態)$\Ket{\Phi}=\Ket{\phi_1,\phi_2}$などとしてケットベクトルが使われている場合は$\Ket{\phi_1,\phi_2}=\frac{1}{\sqrt{2}}(\phi_1(1)\phi_2(2)-\phi_1(2)\phi_2(1))$とスレーター行列式を意味しています。

一方、多配置の電子状態(複数のスレーター行列式の和で表される電子状態)としてケットベクトルが使われる場合もあります。

例えば、金属錯体などでは複数の単配置電子状態$\Psi_1$、$\Psi_2$などを足し合わせて電子状態を作り量子化学計算を行うことがあります(MCSCF)。この足し合わせの手続きをケットベクトルで$\Ket{\Phi}=\circ\Ket{\Psi_1}+\triangle\Ket{\Psi_2}+\cdots$と表した場合、$\Ket{\Phi}$は多配置の電子状態を表し、個々の$\Ket{\Psi_n}$は単配置の電子状態を表しています。

金属錯体以外でも、酸素1重項状態など多配置の電子状態が必要になるケースは多いです。

積分をブラ・ケットベクトルで表す場合

さらに、積分を示す際にもブラケット記号が使われます。例えば、波動関数$\phi_1(x)$と$\phi_2(x)$の内積は$\int\phi_1^\ast(x)\phi_2(x)\text{d}x$によって得ることができますが、これを$\Braket{\phi_1|\phi_2}$と書きます。

さらに、量子化学では運動エネルギー$T$やポテンシャルエネルギー$V$の演算子を原子軌道の組$\{\chi\}$の表現行列を作る必要がありますが、例えば運動エネルギー演算子$\hat{T}$の表現行列の各成分$T_{mn}$は積分$\int\chi_m^\ast(\boldsymbol{r}){\hat{T}}\chi_n(\boldsymbol{r})\text{d}\boldsymbol{r}$で与えられます。これもブラケットを利用すると$T_{mn}=\Braket{\chi_m|\hat{T}|\chi_n}$と簡略して書くことができます。

量子化学のプログラミングでは、運動エネルギー演算子、ポテンシャルエネルギー演算子などの表現行列を利用した式の展開が多くなります。ブラケット記法を使うことで積分を簡略表記できるだけでなく、式変形の見通しも立てやすくなります。

例えば、電子相関がない電子状態のエネルギーは分子軌道$\phi_n$を使って$E=\sum_n\Braket{\phi_n|T+V|\phi_n}$と書けます。

まとめ

ブラケット記法は量子化学や量子力学を取り扱う上で、便利な記法ですが、文脈によってその中身が単純な波動関数や分子軌道を表しているのか、電子状態を表しているのか、あるいは基底としての意味を表しているのかが様々登場します。

ユーザーとして計算ソフトウェアで量子化学計算を行う場合は、分子軌道$\phi$をケットベクトルを使って表した$\Ket{\phi}$として触れる機会が多いかと思いますので、$\Ket{~}$を見たらまずは分子軌道を原子軌道で展開したときの係数が縦一列に並んでいるとまずはイメージしてもらえたらと思います。

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