化学工場では配管や機器での流体の流れや伝熱を知ることが、機器設計や危険予知、生産性向上などにつながります。
そのため、プラントル数などの無次元量を使った様々な相関式が提唱されていますが、意味や役割が分かりにくいと感じる方も多いのではないでしょうか?
このページでは、化学工学でよく使われるレイノルズ数、ヌセルト数、プラントル数といった無次元量の定義や意味をご紹介しつつ、これらが実際の工場などでどのようにして使われるかを解説します。
無次元量まとめ
様々な化学者によって数えきれないくらい多くの無次元量が提唱されていますが、化学工学で実際によく使われるのは下の4つの無次元量です。
無次元量 | 意味 | 値が大きいと |
レイノルズ数 | 慣性力/粘性力 | (強制対流の)流れが不規則(乱流) |
グラスホフ数 | 浮力/粘性力 | (自然対流の)流れが不規則(乱流) |
プラントル数 | 動粘度/熱拡散 | 熱が伝わりにくい(断熱的) |
ヌセルト数 | 全伝熱量/伝導熱量 | 対流による熱輸送が効率的 |

次にこれらの無次元量を個別に解説します。
【参考】その他の無次元量の例
無次元量 | 意味 |
キャピラリー数 | 粘性力/表面張力 |
フルード数 | 慣性力/重力 |
ペクレ数 | 対流輸送/伝導輸送 |
シュミット数 | 動粘性係数/拡散係数 |
シャーウッド数 | 全質量輸送/拡散輸送 |
もちろん、無次元量にはまだまだ種類があります。
無次元数は朝倉書店 多田豊編「化学工学 解説と演習」や、James O. Wilkes著の「Fluid Mechanics for Chemical Engineers」などをご覧ください。
レイノルズ数
もっとも有名な無次元量がレイノルズ数$\text{Re}$です。レイノルズ数は$\text{Re}=\rho{u}D/\mu$によって計算でき、分母が粘性力、分子が慣性力を表しています。
レイノルズ数が小さい場合、粘性力が支配的になるため乱れは生じにくく、流れは層流となります。
逆に、レイノルズ数が大きい場合は、慣性力が支配的になり、流れは乱流となります。
例えば水(密度$\rho=1000\text{kg/m}^3$、粘度$\mu=0.001\text{Pa}\cdot\text{s}$)を管径$D=1\text{m}$の配管を使って流速$u=1\text{m/s}$で、レイノルズ数は$\text{Re}=\frac{1000\cdot1\cdot1}{0.001}=10^6$となります。
グラスホフ数
グラスホフ数$\text{Gr}$は流体に働く浮力と粘性力の大小を表す無次元量で、自然対流での伝熱を考える際に重要となります。
およそ$\text{Gr}=10^8\sim10^9$程度で、層流から乱流に移り変わるとされます。
グラスホフ数は$\text{Gr}=\frac{\rho^2g\beta\Delta{T}L^3}{\mu^2}$によって計算でき、例えば、水(密度$\rho=1000\text{kg/m}^3$、粘度$\mu=0.001\text{Pa}\cdot\text{s}$、対膨張率$\beta=2.1\times10^{-4}\text{1/K}$)を$D=1\text{m}$の距離で温度差$\Delta{T}=1\text{K}$の環境に置いたとき、グラスホフ数は$\text{Gr}=\frac{1000^2\cdot9.8\cdot(2.1\times10^{-4})\cdot1\cdot1^3}{0.001^2}=2\times10^9$となります。
ヌセルト数
ヌセルト数$\text{Nu}=hD/k$は熱伝達率の大小を表す無次元量です。ヌセルト数が大きいと、対流による伝熱量の割合が大きいということになります。

ただし、$\text{Nu}$に関しては熱伝達率を求めるための経由値であることが多いです。
「対流による伝熱量の割合」という意味がヌセルト数$\text{Nu}$にはありますが、実際には、$\text{Nu}$の大小によって何か議論することは少ないです。
ヌセルト数$\text{Nu}$はレイノルズ数$\text{Re}$などとの相関式が提唱されているので、$h=\text{Nu}\times\frac{k}{D}$によって熱伝達率$h$を求めるために使われることが多いです。
プラントル数
レイノルズ数やプラントル数とは違い、プラントル数$\text{Pr}=\mu{c_p}/k$は物質ごとに固有値を持ち、流れの中で運動量と温度のどちらがより遠くまで伝わるかを表します。
空気のプラントル数$0.7$、水のプラントル数が$7$程度です。
レイノルズ数:配管での圧力損失計算に利用

レイノルズ数は配管での圧力損失計算で必要になるよね
化学工学でレイノルズ数を使う機会が最も多いのは「配管での圧力損失計算」です。例えば、ポリマー製造の生産性を上げるためには流量を増やしたり、溶媒比を下げたりしますが、この時にボトルネックになりやすいの圧力損失です。
圧力損失$\Delta{P}$は、管径$D$、長さ$L$の配管で密度$\rho$の流体を$v$の流速で流すとき、摩擦係数を$f$とすると、$\Delta{P}=f\Bigl(\frac{L}{D}\Bigl)\Bigl(\frac{{\rho}v^2}{2}\Bigl)$で計算できます。(ダルシー・ワイスバッハの式)

この摩擦係数$f$はレイノルズ数$\text{Re}$を計算すると見積もることができます
管摩擦係数$f$は配管壁の粗さ($e/D$)ごとにレイノルズ数$\text{Re}$と紐づけられている(ムーディー線図)ので、流速や粘度といった情報からレイノルズ数$\text{Re}$を経由して管摩擦係数$f$を見積もることができます。


なお、$\Delta{P}=f\Bigl(\frac{L}{D}\Bigl)\Bigl(\frac{{\rho}v^2}{2}\Bigl)$に基づく計算値は実際の圧力損失よりも大きく出やすいと感じます。
プラントル数、ヌセルト数:熱交換器の計算に利用

ヌセルト数$\text{Nu}$、プラントル数$\text{Pr}$やグラスホフ数$\text{Gr}$は熱伝導を考える時に登場するよね。
熱伝達率をシミュレーションで求めるためには,ナビエ・ストークス方程式を解く必要があり、計算機の発達した現在でも簡単ではありません。
そんな中、ありがたいことに様々な実験によって、熱伝達を表す$\text{Nu}$と流れの状態を表す$\text{Re},\text{Pr},\text{Gr}$との相関式が状況ごとに提案されています。

以下は提唱されている熱伝導の相関式の中のほんの一部です
状況 | 相関式 | 名称 |
円管内、強制対流、乱流 | $\text{Nu}=0.023\text{Re}^{0.8}\text{Pr}^{0.4}$ | Ditus-Boelterの式 |
円管内、強制対流、層流 | $\text{Nu}=1.86(\text{Re}\cdot\text{Pr})^{\frac{1}{3}}\Bigl(\frac{d}{L}\Bigl)^{\frac{1}{3}}\Bigl(\frac{\mu}{\mu_\infty}\Bigl)^{0.14}$ | Sieder-Tateの式 |
平板上、強制対流、乱流 | $\text{Nu}=0.036\text{Re}^{0.8}\text{Pr}^{\frac{1}{3}}$ | |
球外面、強制対流 | $\text{Nu}=2.0+0.6\text{Re}^{\frac{1}{2}}\text{Pr}^{\frac{1}{3}}$ | Ranz-Marshallの式 |
垂直平板、自然対流、乱流 | $\text{Nu}=0.129(\text{Gr}\cdot\text{Pr})^{\frac{1}{3}}$ | |
垂直平板、自然対流、層流 | $\text{Nu}=0.555(\text{Gr}\cdot\text{Pr})^{\frac{1}{4}}$ |
伝熱の相関式で最も有名なものは、Dittus-Boelterの式$\text{Nu}=0.023\text{Re}^{0.8}\text{Pr}^{0.4}$です。これは熱交換器における設計などで幅広く活用されています。
Dittus-Boelterの式によって見積もられた熱伝導率は実際よりも小さくに見積もるとされており、例えばSaniによって水の伝熱率とDittus-Boelterの式が比較されています。(R.L.Sani; Downflow boiling and non-boiling heat transfer in a unformly heated tubes, USAEC Rep. UCRL-9023, 1960.)


Dittus-Boelterの式が実際よりも伝熱率を低く見積もることは、設計の観点からは安全サイドになります。
まとめ
このページでは、化学工学でよく使われるレイノルズ数、ヌセルト数、プラントル数といった無次元量の定義や意味をご紹介しつつ、これらが実際の工場などでどのようにして使われるかを解説しました。
流体の流れや伝熱を正確にシミュレーションすることは計算機の発達した現在でも簡単ではないため、無次元量を使った相関式が実験結果から提唱されています。
相関式がすでに提唱されている場合はそれらを積極的に利用し、流動シミュレーションなどは提唱されている相関式がない場合に利用するほうが時間効率が良いかと思います。