【熱力学第二法則】化学反応はギブズエネルギーをまず考えよう

【熱力学第二法則】化学反応はギブズエネルギーをまず考えよう

エントロピー増大の法則は有名ですが、熱浴がある場合は使えません。普通の環境(水中など)での反応性を知りたい化学者にとってはギブズエネルギーの方が扱いやすい指標です。

また、アポロ計画の月着陸船には燃料電池が使用されましたが、この燃料電池が低温で高効率であることもギブズエネルギーを調べることで説明ができます。

このページでは、熱力学第二法則をベースにして、反応の自発性や反応によってどの程度の仕事を取り出せるかをギブズエネルギーによって解説していきます。

このページで紹介すること
  • 熱力学第二法則$\Delta{S}\ge0$を言い換えると$\Delta{G}\le0$になることを示します
  • 水素燃焼反応における$\Delta{G}$を計算します(気体混合も加味)
  • 燃料電池が高効率になり得る理由を紹介します
目次

「どこの」エントロピーは増大する?

熱力学第二法則「エントロピーは増大する」を知らない人はいないと思いますが、「どこのエントロピーが増大するか」まで考え切れていますか?答えは、「(孤立系全体の)エントロピーが増大する」、つまり、$\Delta{S}_{\text{total}}\ge0$です。

化学的に$\Delta{S}_{\text{total}}\ge0$は「反応場」だけでなく、熱浴等の「外界」を含めたエントロピー全体が増加することを意味します。

熱浴ってオイルバスとかだよね?熱浴には興味なくて、「反応」が自発的かどうか知りたいよ。

化学者にとってはあくまでも「反応」が自発的かどうか知りたいことがほとんどでしょう。そこで、エントロピー$\Delta{S}_{\text{total}}$を「反応」と「外界」の寄与に分けましょう。

$0\le\Delta{S}_{\text{total}}=\Delta{S}_\text{反応}+\Delta{S}_\text{外界}$

温度$T$の熱浴は反応熱$Q=\Delta{H}_{反応}$を受け取るので、エントロピーの定義から$\Delta{S}_\text{外界}=\frac{{Q}}{T}$$=\frac{\Delta{H}_{反応}}{T}$とできます。

逆に反応系は$\Delta{H}_{反応}$を失うから、$\Delta{S}_\text{反応}=\frac{-{\Delta{H}_{反応}}}{T}$とできないの?

$\Delta{S}$は可逆過程で計算するため、不可逆反応では$\Delta{S}_\text{反応}=$$-\frac{{\Delta{H}_{反応}}}{T}$とできません。

最終的に、ギブズエネルギー$G=H-TS$の定義を用いると、熱力学第二法則は${\Delta{H}_\text{反応}}-T\Delta{S}_\text{反応}=\Delta{G}_{反応}<0$と書き直すことができます。つまり、$\Delta{G}_{反応}<0$であれば、反応は自発的に進みます。

$\Delta{S}_{\text{total}}$では「全体のエントロピー」しか考えられませんが、$\Delta{G}_{反応}$であれば「反応の自発性」を具体的に考えられます。

注意点ですが、ギブズエネルギー$G$や内部エネルギー$U$には対象系の熱的情報(圧力やエントロピーなど)をすべて同じだけ持っています。定義式$G=H-TS$からギブズエネルギー$G$はエントロピー等の情報を抜き去っていると考えてしまうかもしれませんが、それは誤りです。

数学的にはルジャンドル変換だから、関数全体としては同じだけの情報量を持っているんだね。

「$T=298K$での$G=H-TS$を計算する」等ではエントロピー分を引くと捉えられます。特定温度の話なのか、熱力学関数全体の話なのかは注意してください。

ΔGの正負で化学反応の自発性がわかる

標準反応ギブズエネルギー$\Delta{G}_r^0$をまず得る

$\Delta{G}_r$で化学反応の自発性をどのようにして調べていくか考えてみよう。

水素と酸素の混合気体の燃焼反応$\text{H}_2(\text{g})+\frac{1}{2}\text{O}_2(\text{g})\to\text{H}_2\text{O}(\text{l})$を考えます。反応は定圧($1$気圧)、定温($298K$)で起こすとします。

反応前後が同圧・同温であれば、途中で反応場の温度が上昇しても$\Delta{G}_r$で自発性を評価できます。

水$\text{H}_2\text{O}(\text{l})$や水素$\text{H}_2(\text{g})$の熱力学データから水素燃焼反応の標準モル反応ギブズエネルギー$\Delta{G}_r$を求めていきましょう。

標準モル生成エントロピー$S_m^0$標準モル生成エンタルピー$H_m^0$
$\text{H}_2\text{O}(\text{l})$$69$$-285$
$\text{H}_2(\text{g})$$130$$0$
$\text{O}_2(\text{g})$$206$$0$
単位:$S_m^0$は$J/K・{mol}$、$H_m^0$は$kJ/{mol}$

この反応の(標準)反応エントロピー$\Delta{S}_r^0$は表から$69-130-206/2=-164(J/K・mol)$です。

自由エネルギーやエントロピーは量子化学計算ソフトで計算することもできます。

反応によるエントロピー変化$\Delta{S}_r<0$から「自発的反応ではない」と考えるのは誤りですね。

外界に反応熱が逃げているので、$\Delta{S}_{\text{外界}}$も足した$\Delta{S}_{\text{total}}$で考えなければなりません。

反応エントロピーが増える方が自発的反応になりやすいのは間違いありませんが、それでは反応の一側面しか見れていません。その反応が自発的かは全体のエントロピー変化$\Delta{S}_{\text{total}}$を調べる必要があります。

$\Delta{S}_{\text{total}}$の代わりに$\Delta{G}_r$を評価します。まずは標準反応ギブズエネルギー$\Delta{G}_r^0$を調べましょう。

$\Delta{G}_r^0$はギブズエネルギーの定義から$\Delta{G}_r^0=-285+298*0.164$$=-236(kJ/mol)$と簡単に計算できます。

$\Delta{G}_r^0<0$だから、今度こそ、この反応は「自発的」だよね?

実は$\Delta{G}_r^0<0$だけではまだ不正確です。反応が自発的に進むにはあくまで$\Delta{G}_r<0$が必要です。

問題集で「この反応の標準反応ギブズエネルギー$\Delta{G}_r^0$を求めよ」のような問題があるかと思いますが、「$\Delta{G}_r^0<0$であるからこの反応は自発的である」と考えることは誤りです。反応の自発性は$\Delta{G}_r^0<0$でなく、$\Delta{G}_r<0$を確認しなければなりません。

反応ギブズエネルギー$\Delta{G}_r$への補正

$\Delta{G}_r^0$の定義を再度確認しましょう。$\Delta{G}_r^0$は反応物のモルギブズエネルギーを単純に足し引きして得られます。そのため、反応物は$\text{H}_2(\text{g})$と$\text{O}_2(\text{g})$の混合気体ですが、気体の混合によるギブズエネルギー変化$\Delta{G}_{\text{mix}}$を取り込めていません。

標準ギブズエネルギーはシンプルだから、混合による反応物の安定化を取り込めていないんだね。

反応前のギブズエネルギーは混合効果でもう少し安定になっているはずなんだ。

$\Delta{G}_r^0$は標準状態での完全反応が前提なので、圧力・温度・反応率等のずれを取り込んだ$\Delta{G}_r$を考える必要があります。

例えば、$\text{H}_2(\text{g})1mol$と$\text{O}_2(\text{g})1/2mol$を混合すると、$\text{H}_2(\text{g})$は体積が$3/2$倍、$\text{O}_2(\text{g})$は体積が$3$倍に膨張されることになります。そのため、水素燃焼反応における反応物のギブズエネルギーは$\Delta{G}_{\text{mix}}=RT(\ln(\frac{2}{3})+\frac{1}{2}\ln(\frac{1}{3}))$$=-2(kJ/mol)$だけ、補正する必要があります。

ギブズエネルギー変化の図
水素燃焼反応のギブズエネルギー変化の図

結局、反応ギブズエネルギー$\Delta{G}$は$\Delta{G}_\text{mix}$の効果を合わせて$\Delta{G}_r=-234(kJ/mol)$となります。

$\Delta{G}_r<0$なので、この反応は自発的に進みます。

ΔGの大きさで化学反応の利用価値がわかる

ΔGの大きさは最大仕事量を表す

$\Delta{G}_r$の正負で、反応が自発的かどうかわかるけど、大きさには意味はないの?

もちろん大きさにも意味はあります。$\Delta{G}_r$の大きさは反応から取り出せる最大の仕事を表しています。

熱力学第二法則に加えて熱力学第一法則を使うと、定温、定圧下では$\Delta{W}^{系の}_{仕事}\ge\Delta{H}_r-T\Delta{S}_r=\Delta{G}_r$となります。つまり反応によって取り出せる仕事$\Delta{W}^{系の}_{仕事}$の最大値は$\Delta{G}_r$と等しくなります。

アポロ宇宙船が使った燃料電池は理論効率が高い

アポロ13の映画見たけど、酸素タンクが爆発しててドキドキしたよ

その酸素は燃料電池にも使ってたんだ。燃料電池は水しか出ないし、振動もない。さらに理論最大効率も高いんだ。

1960年代のアポロ計画では燃料電池が使われています。酸素は電池用としてだけでなく、呼吸用としても使えますし、反応生成物も水なのでクリーンで飲み水にも使えそうです。燃料電池を熱力学で理解してみましょう。

燃料電池の反応エンタルピー$\Delta{H}_r$は$-286kJ/mol$、$\Delta{G}_r$は$-236kJ/mol$です。そのため最大の仕事はエントロピーの減少分$T\Delta{S}_r$だけ発熱量からは小さくなっています。

$T\Delta{S}_r$だけ熱として周囲に逃げてしまっているのです。

この燃料電池の理論最大効率はギブズエネルギーを使うことで導くことができ、$\eta=\frac{\Delta{G}_r}{\Delta{H}_r}=\frac{236}{286}=82\%$とかなり高い効率を出し得ることがわかります。

火力発電ではカルノー効率が律速になり、水蒸気を$1000K$まで上げたとしても効率としては$70\%$が限界です。

まとめ

このページでは、熱力学第二法則「エントロピーは増大する」が反応においては「ギブズエネルギーは減少する」と言い換えることができることを明らかにしました。

また、反応に伴うギブズエネルギー変化量は正負だけでなく、その大きさにも意味があり、電気的、光的に取り出しうる最大の仕事量を表すことの紹介を行いました。

ギブズエネルギーは化学反応の評価においてとても重要な立ち位置を持っています。ただし、熱力学関数としては内部エネルギーも同じ情報を持っていることに注意してください。

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