「飽和蒸気圧」は高校の化学で登場するので、ほとんどの方は聞いたことがあるのではないでしょうか?では、「アントワン式」は聞いたことがありますか?アントワン式は、化学工学専攻や化学工場で働いている方は聞いたことがある方が多いものの、その他の専攻の方はあまり聞きなじみが無いのではないでしょうか?
大学生時代の私は、「アントワン式は経験式だからあまり好きではない」というスタンスでしたが、化学メーカーに入ってからは「アントワン式ありがたし」という認識に変わっています。
このページでは、飽和蒸気圧をグラフで確認できるアプリケーションの紹介と、アントワン式を用いた飽和蒸気圧の計算方法や実務での活用法まで徹底的に解説します。
グラフで一目瞭然!水やアルコールの蒸気圧【MPaG・atm対応】
まず、「論より証拠」ということで、アントワン式を使って水やベンゼンの飽和蒸気圧を計算するアプリケーションを作ったので、いろんな物質の飽和蒸気圧曲線をプロットしてみたり、いろんな圧力での沸点を計算してみてください。
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基準圧力:
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単位:
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- 沸点:度
グラフオプション
- グラフ下温度:度
- グラフ上温度:度
このグラフのアントワン係数は日本化学会編の「化学便覧 基礎編」を使用しています。
アントワン式と飽和蒸気圧の基礎知識
アントワン式とは何か
アントワン式(Antoine式)は、1888年にフランスの化学者アントワンによって提案された、液体の飽和蒸気圧と温度の関係を表す経験式です。この式は、化学便覧や工業便覧などの標準的なデータ集にも掲載されており、化学工学やプラント設計、研究開発の現場で広く利用されています。
蒸気圧と温度の理論的な関係式としてクラウジウス・クラペイロン式がありますが、アントワン式は物質ごとに異なる3つの定数(A, B, C)を用いることで、蒸気圧をより高精度に推算できます。
主要な有機溶媒や水、アルコール類など多くの物質についてアントワン定数が一覧化されており、化学工学のシミュレーションでは不可欠なデータとなっています。
飽和蒸気圧とは?気液平衡と蒸発・凝縮の関係
端的に言うと、飽和蒸気圧とは、液体と蒸気が平衡状態にあるときの蒸気の圧力のことです。
そのため、相方の液体がない場合、その時の圧力は飽和蒸気圧ではありません。

「液体と蒸気が共存する」時の圧力が飽和蒸気圧なんだね

液体が無いと(圧縮等で)蒸気の圧力は青天井に上げられます
液体と蒸気が共存する状態(気液平衡状態)では、液体から蒸発する分子の数と、蒸気から液体に戻る(凝縮する)分子の数が等しくなっています。そのため、温度が上昇すると分子の運動エネルギーが増し、より多くの分子が液体から飛び出すため、飽和蒸気圧も上昇します。逆に温度が下がると、蒸気圧は低下します。
蒸留塔やLPGローリーにおける重要性
飽和蒸気圧の正確な把握は、化学工学やプラント設計において極めて重要です。例えば、蒸留塔や蒸発器、凝縮器などの設計では、各成分の蒸気圧データがなければ、適切な運転条件や装置サイズを決定できません。また、液化ガス(LPG等)の保管・輸送時の安全管理にも、蒸気圧の知識が不可欠です。

LPGのローリーでは液温と圧力の対応表を携帯していることが多いです
アントワン式は、迅速かつ高精度に蒸気圧を推算できるため、設計・運転・トラブル対応まで幅広く活用されており、現場の実務に直結する重要なツールです。
アントワン式の定数とその意味
A・B・Cの各定数(アントワン定数)の物理的意味と単位
アントワン式は、$\log_{10}P=A-B/(T+C)$という形で表されます。
ここで$A$、$B$、$C$は物質ごとに決まる定数(アントワン定数)であり、蒸気圧$P$と温度$T$の関係を最もよく近似するように実験データから決定されます。
$A$は主に蒸気圧の大きさを調整する項、$B$は温度変化に対する蒸気圧の感度を表し、$C$は温度の補正項です。

単位系は、mmHgやhPa、℃やKなど、定数の出典によって異なるため、使用時には必ず単位を確認する必要があります。
この3つのパラメータは、同じ物質でも温度範囲によって異なる定数が用いられる場合があります。そのため、正確な計算のためには、目的とする温度範囲に合った定数を選ぶことが重要です。
主要成分(水・ベンゼンなど)のアントワン定数
アントワン式の定数は、物質ごとに異なり、化学便覧や各種データベースで公開されています。ここでは、代表的な物質である水とベンゼンのアントワン定数を例示します。
| 物質 | 温度範囲(℃) | A | B | C |
|---|---|---|---|---|
| 水 | 1~100 | 7.9186968 | 1636.909 | 224.92 |
| ベンゼン | 16~80 | 6.90565 | 1211.033 | 220.79 |
アントワン式による飽和蒸気圧の計算方法
具体例:水の蒸気圧計算
アントワン式を使った飽和蒸気圧の計算は、実際の温度を式に代入するだけで簡単に行えます。
例えば、水のアントワン定数($A=7.9186968$、$B=1636.909$、$C=224.92$)を用いて、$25^\circ\text{C}$での蒸気圧を求める場合、$\log_{10}P=7.9186968-1636.909/(25+224.92)$となります。計算を進めると、$P=10^{1.368965}≒23.4\text{mmHg}$となります。
このように、アントワン式は温度を入力するだけで、手軽に蒸気圧を推算できるため、現場や研究で非常に重宝されています。
単位変換(hPa・atmなど)での注意点
アントワン式の定数は、文献によって蒸気圧Pの単位(mmHg, hPa, atmなど)や温度Tの単位(℃, K)が異なります。計算結果を他の単位で使いたい場合は、必ず正しい単位変換を行う必要があります。
例えば、1 atm = 760 mmHg = 1013.25 hPa です。また、温度がK(ケルビン)で定義されている場合は、T(K)=T(℃)+273.15 の変換が必要です。

単位の取り違えは大幅な計算ミスにつながるため、定数の単位系は必ず確認しましょう。
| 単位 | 換算値 |
|---|---|
| 1 atm | 760 mmHg |
| 1 atm | 1013.25 hPa |
| 1 mmHg | 1.33322 hPa |
まとめ
このページでは、飽和蒸気圧をグラフで確認できるアプリケーションの紹介と、アントワン式を用いた飽和蒸気圧の計算方法や実務での活用法まで徹底的に解説しました。
アントワン式は、化学工学やプラント設計、研究現場で飽和蒸気圧を迅速かつ高精度に推算できる強力なツールです。ただし、温度範囲や単位に注意して使う必要があります。
本ページを参考に、アントワン式を自在に使いこなし、化学工学の現場で役立ててください。

