分子の振動状態を調べるFT-IRスペクトルでは一般的にある程度の吸収幅を持ちます。しかし、量子化学によると振動状態は飛び飛びの値しかとらないはずです。なぜIRの吸収スペクトルには幅があるのでしょうか?
IRスペクトルが吸収幅を持つ理由には複数の要因がありますが、$100\text{cm}^{-1}$程度の幅は分子の回転運動によるもの、$10\text{cm}^{-1}$以下の幅はIRの装置的な限界(分解能)によるものが一般的です。
このページでは、IRスペクトルが線ではなく幅を持つ主な要因である回転準位と分解能について解説します。
回転準位によるスペクトル幅の発生
空気のIRスペクトルでは$2300~2400\text{cm}^{-1}$にCO2による赤外線吸収帯があります。このIR吸収がなぜ幅を持つを持つかを考えましょう。

IR分析では赤外線を分子が吸収することによって振動状態が基底から励起されます。しかし、分子は振動の他にも回転運動を行っており、回転状態も赤外線の吸収によって遷移します。回転準位はエネルギー幅が小さく、1つの振動準位の回りに複数のエネルギー準位を作るので、多くの吸収線を生み出す原因になります。

実際、空気のIRスペクトルの$2300~2400\text{cm}^{-1}$部分を拡大すると、実は多くの吸収線がまとまることで$100\text{cm}^{-1}$もの吸収帯を持つことがわかります。

CO$_2$は直線分子なので、回転エネルギーは$E_R=BJ(J+1)$と量子化されています($B$は回転定数)。そのため、IR分析を行った場合は$\Delta{E}_R=2B$の等間隔で吸収線があらわれ、それらが集まることでスペクトルが幅を持つことになります。

その他にも固体、液体、高圧気体など、分子間の相互作用によっても線幅が広くなることがあります。
分解能としてのスペクトル幅
IRの装置的な限界としてのスペクトル幅(いわゆる分解能)もあります。


一般的なFT-IRの分解能は10~1cm-1程度です
FT-IRの場合、マイケルソン干渉計の移動鏡を動かすことでインターフェログラム$I(h)$を作成し、IRスペクトルをフーリエ変換$B(\nu)=\int{I(h)}\cos(2\pi\nu{h})\text{d}h$によって作ります。この移動鏡の可動域に限度がある(光路差$h$を無限大にできない)ことによって分解能が生まれるのです。


現実の装置では光学距離差$h$として有限の範囲($-L\sim{L}$)しか取れません。これは、$-L\sim{L}$で$1$、それ以外では$0$となる箱型関数$R(h)$(いわゆるアポダイジング関数)を用いて、$B(\nu)=\int^\infty_{-\infty}R(h)I(h)\cos(2\pi\nu{h})\text{d}h$によってスペクトル$B(\nu)$を得ていることと同じです。

この箱型のアポダイジング関数$R(h)$(範囲:$-L\sim{L}$)によって、IRのピークが幅を持つ(分解能として制限される)ことになります。
まとめ
このページでは、IRスペクトルが線ではなく幅を持つ主な要因である回転準位と分解能について解説しました。
IRスペクトルが吸収幅を持つ理由として、$100\text{cm}^{-1}$程度の幅は分子の回転運動によるもの、$10\text{cm}^{-1}$以下の幅はFT-IRの装置的な限界(分解能)によるものが一般的です。
皆さんも「量子化されているはずなのに、なぜIRスペクトルには幅があるのだろう」と不思議に思わないようにしましょう。