エチレンの$\pi$軌道は有名ですが、それ以外の分子軌道について考えたことがある人は多くありません。
そのため、エチレンの二重結合がHOMO軌道とHOMO-1軌道で作られていると勘違いされている方もいます。
このページでは$\pi$軌道電子だけでなく、それ以外の分子軌道についても紹介し、エチレンの二重結合がどのような軌道によって作られているかを解説していきます。
- エチレンがHOMOとHOMO-1で二重結合を作っていないことを確認します。
- 二重結合を作っている正しい軌道の組を確認します。
エチレンの分子軌道
まずはxy平面上にあるエチレン分子に対してRHF法(STO-3G)で量子化学計算を行いましょう。
基底関数の数は14(炭素原子が1s,2s,2px,2py,2pzで5個ずつ、水素原子が1sで1個ずつ)なので、得られる軌道も14です。
得られた分子軌道を元にエチレンのC=C二重結合やπ軌道の成り立ちを調べ、以下の事柄を確認していきましょう。
- HOMOとLUMOがπ軌道(分子平面に垂直な軌道)になる。
- π軌道は分子平面に垂直な原子軌道のみが寄与する。
- HOMOは軌道エネルギーが高く(-11.7eV)求核攻撃を引き起こす原因となる。
- HOMO-2とHOMOが結合次数にプラス1ずつ寄与し、合わせて二重結合となる。
- LUMOの方がHOMOより原子上に分子軌道が局在化する。
次から、順番に分子軌道の結果を見てみましょう。
(特徴的な)π軌道ではない軌道
エチレンのHOMO-3軌道とHOMO-1軌道(結合次数プラスマイナス0)
HOMOから一つエネルギー準位が低い軌道(HOMO-1)は二つの炭素原子のpy軌道と四つの水素原子のs軌道からなっています。
この軌道はエチレン分子の平面上の軌道であるため、$\pi$軌道とは呼ばれないね。
その通り。$\pi$軌道は結合軸回りに回したときに軌道の正負が変わる必要があるからね。
このHOMO-1軌道はC=C結合を分断する節面を持っており、C=C結合を分断する節面を持たないHOMO-3と対の関係です。
HOMO-3とHOMO-1で結合次数はプラスマイナス0となり、C=Cの二重結合の形成には関与しません。
HOMOとHOMO-1で二重結合を作っている訳じゃないんだ。。
HOMO-3、-2、-1の分子軌道結果はこちら
Orbital | 5 | 6 | 7 | |
HOMO-3 | HOMO-2 | HOMO-1 | ||
E(eV) | -19 | -16 | -15 | |
C1 | 2s | 0.0 | -0.1 | 0.0 |
2px | 0.0 | 0.56 | 0.0 | |
2py | 0.43 | 0.0 | 0.57 | |
2pz | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
C2 | 2s | 0.0 | -0.1 | 0.0 |
2px | 0.0 | -0.56 | 0.0 | |
2py | 0.43 | 0.0 | -0.57 | |
2pz | 0.0 | 0.0 | 0.0 | |
H1 | 1s | -0.18 | -0.17 | 0.24 |
H2 | 1s | 0.18 | -0.17 | -0.24 |
H3 | 1s | -0.18 | -0.17 | -0.24 |
H4 | 1s | 0.18 | -0.17 | 0.24 |
HOMO-2(結合次数プラス1)
エチレンのC=C二重結合のうち、結合次数にプラス1の効果を与えるのはHOMO-1ではなく、実はHOMO-2です。
なんで、単純にHOMOとHOMO-1が二重結合になっている訳じゃないの?
量子化学計算の結果得られた分子軌道を描画してみると理由がわかりますよ。
HOMOから二つエネルギー準位が低い軌道(HOMO-2)はC=C結合軸方向の炭素2px軌道から主に形成されており、C=C結合軸で節面を持たないため、結合次数にプラス1の効果があります。
この軌道と対をなすのがLUMO+4の軌道ですが、もちろん基底状態では電子は入っていません。
対となる反結合性軌道に電子がないから、結合次数+1の効果が残るんだね。
HOMO-2とLUMO+4の分子軌道はこちら
Orbital | 6 | 7~12 | 13 | |
HOMO-2 | ・・・ | LUMO+4 | ||
E(eV) | -16 | 17 | ||
C1 | 2s | -0.1 | 0.22 | |
2px | 0.56 | 1.34 | ||
2py | 0.0 | 0.57 | ||
2pz | 0.0 | 0.0 | ||
C2 | 2s | -0.1 | -0.22 | |
2px | -0.56 | 1.34 | ||
2py | 0.0 | 0.0 | ||
2pz | 0.0 | 0.0 | ||
H1 | 1s | -0.17 | 0.68 | |
H2 | 1s | -0.17 | 0.68 | |
H3 | 1s | -0.17 | -0.68 | |
H4 | 1s | -0.17 | -0.68 |
エチレンのπ軌道
エチレンのHOMO(節のない$\pi$軌道)
エチレンの分子軌道で特徴的な分子軌道はやはりHOMOとLUMOです。まずHOMOを見ましょう。LUMOは二つの炭素原子のpz軌道のみから構成されており、そのほかの原子軌道は寄与していません。
炭素のpz軌道以外はすべて0.0です。
純粋にエチレン分子平面から直交する軌道から成立しており、これが$\pi$軌道と呼ばれています。
Orbital | 8 | 9 | |
HOMO | LUMO | ||
E(eV) | -12 | 3.4 | |
C1 | 2s | 0.0 | 0.0 |
2px | 0.0 | 0.0 | |
2py | 0.0 | 0.0 | |
2pz | 0.60 | 0.92 | |
C2 | 2s | 0.0 | 0.0 |
2px | 0.0 | 0.0 | |
2py | 0.0 | 0.0 | |
2pz | 0.60 | -0.92 | |
H1 | 1s | 0.0 | 0.0 |
H2 | 1s | 0.0 | 0.0 |
H3 | 1s | 0.0 | 0.0 |
H4 | 1s | 0.0 | 0.0 |
このHOMO軌道はC=C結合で接面を持たないため、結合次数にプラス1の効果があります。
HOMO-2の結合次数プラス1の効果と合わせてC=C二重結合(結合次数2)を作っているんだね。
また、エネルギー準位も-11.7eVと-15eVよりも高いため、求核反応を起こす場合があります。アルケンの求核電子反応の例としては水素付加やハロゲン化水素付加反応など様々な例があります。
エチレンのLUMO(節のある$\pi$軌道)
最後にエチレンのLUMOを見ましょう。エチレンのLUMOは二つの炭素原子のpz軌道から構成されている点はHOMOと同じですが、決定的に違う点は軌道の符号です。LUMOは二つのpz軌道の符号が違っているため、節を作っています。
エチレンのLUMOは二つの炭素原子の原子軌道の係数が0.92であり、HOMOの0.60よりも大きいです。これは空間的な広がりがLUMOの方がHOMOよりも大きいことを表しています。
一般的にLUMOはHOMOよりも空間的な広がりが大きいことが知られています。
また、エネルギー準位は3.4eVと5eVよりも低いので、求核攻撃を計算上は受けやすいことになりますが、エチレン単体での求核攻撃は一般的ではありません。ただし、カルボニル基が関与するマイケル付加などの場合では二重結合部分に求核攻撃が起こる場合もあります。
まとめ
エチレンの量子化学計算の結果で分かったことをまとめます。
- HOMOとLUMOがπ軌道(分子平面に垂直な軌道)になる。
- π軌道は分子平面に垂直な原子軌道のみが寄与する。
- HOMOは軌道エネルギーが高く(-11.7eV)求核攻撃を引き起こす原因となる。
- HOMO-2とHOMOが結合次数にプラス1ずつ寄与し、合わせて二重結合となる。
- LUMOの方がHOMOより原子上に分子軌道が局在化する。