エンタルピーはH=U+pVで定義され、物理学的には他の自由エネルギーと対等なものですが、化学者にとっては反応熱に関係するため、特によく目にするエネルギーです。
皆さんは「エンタルピー差は反応熱を表す」のか、「反応熱がエンタルピー差になる」のか、どちらでエンタルピーをイメージしていますか?
このページでは、「(実験で得る)反応熱がエンタルピー差(物質のエネルギー差)になる」というイメージで、バッチ型、連続型設備を通してエンタルピーを考え、最終的にはJIS規格で定められている熱量の測定方法を見ていきます。
【お断り】このページでのスタンスについて
エンタルピーは内部エネルギー$U$、圧力$p$、体積$V$を利用して$H=U+pV$で定義されるものです。まず、あらかじめ断っておきますが、「エンタルピー差は反応熱を表す」、「反応熱がエンタルピー差になる」はどちらも正しいです。
化学者にとって前者は「便覧などのデータから反応熱を予想する」、後者は「実験で得る反応熱を元に物質のエネルギーを考える」といった捉え方の違いでしかありません。($A=B$と考えるか、$B=A$と捉えるかに過ぎません。)
しかし、エンタルピーと反応熱を考える際は、いまどのような視点でイメージしているかはとても重要なので、このページでは、「(実験で得る)反応熱がエンタルピー差(物質のエネルギー差)になる」という立ち位置でエンタルピーを考えていきます。
バッチ型のエンタルピー導入
それでは、まずは、シリンダーにある気体を使った、オーソドックスなエンタルピー$H$の解説を行います。シリンダー内部の圧力$p$が一定になるように、ピストンが滑らかに動きます。
内部エネルギー$U_1$、体積$V_1$の気体が反応して${Q}_{\text{in}}$の熱が与えられた結果、内部エネルギーが$U_2$、体積が$V_2$へ変化したとすると、熱力学第一法則(エネルギー保存)から$U_2-U_1={Q}_{\text{in}}-p(V_2-V_1)$が成り立ちます。
これは「エネルギー変化=流入熱-気体がした仕事」から導けるね
この式を変形すると${Q}_{\text{in}}=(U_2+pV_2)-(U_1+pV_1)$となり、エンタルピーの定義$H=U+pV$を使うと、${Q}_{\text{in}}=H_2-H_1$とできるので、「反応熱がエンタルピー差になる」と捉えられます。
$H_2-H_1={Q}_{\text{in}}$とすれば、「エンタルピー差は反応熱を表す」とも捉えられます。
捉え方が変わるだけで、内容は変わらないんだね
このように、エンタルピー$H$は内部エネルギー$U$に圧力と体積の積$pV$を足したもので、定圧過程における熱の出入り${Q}$を単純な形で表現できるものです。
連続型のエンタルピー導入
バッチ型設備で「反応熱(流入熱)=エンタルピー変化」であることがわかりましたが、実際のところ、気体が関与する系では、シリンダーを定圧で維持することは困難です。そのため、JIS規格(後述)では、気体が持つ熱量を測定する際は、連続型の設備を利用します。
燃焼反応は反応が早いからシリンダー内で定圧を保って反応させることは困難だよね。
そのため、燃焼による反応エンタルピーの測定にはバッチ型ではなく、連続型設備が利用されます。
そこで、バッチ型の次は、連続型の系に対するエンタルピー$H$を考えてみましょう。
連続型の設備に状態$1$のガスが流入し、設備内部で単位時間当たり熱$Q_{\text{in}}$を受け取り、外部に仕事$W_{\text{した}}^{\text{設備}}$を行った後、状態$2$として設備外部へ流出するとします。
エネルギー保存の式を考えてみましょう。単位時間あたり流入するエネルギーを$U_1$とします。また、このとき圧力$p_1$で体積$V_1$分が設備に押し込まれていたとすると気体がされた仕事は$p_1V_1$です。
逆に、設備出口では圧力$p_2$で体積$V_2$分が流出したとすると、気体がする仕事は$p_2V_2$だね。
$W_{\text{した}}^{\text{設備}}$としたのは設備としてした仕事と気体が流出入の際にした(された)仕事と区別するためです。
つまり、「エネルギー変化=流入熱量+された仕事-した仕事」から$U_2-U_1=Q_{\text{in}}+p_1V_1-p_2V_2-W_{\text{した}}^{\text{設備}}$が成り立ちます。
エンタルピー$H$を使ってこの式を整理すると$Q_{\text{in}}=W_{\text{した}}^{\text{設備}}+\Delta{H}_{1\to2}$になります。($\Delta{H}_{1\to2}=H_2-H_1$)
つまり、連続型設備においてもエンタルピー$H$によって、ガスの状態変化$\Delta{H}_{1\to2}$と、設備への流入熱量$Q_{\text{in}}$や設備がした仕事$W_{\text{した}}^{\text{設備}}$が簡単な式で結びつけることができ、ここでも「反応熱がエンタルピー差になる」と捉えられます。
バッチ型で成立する熱力学第一法則$Q_{\text{in}}=W_{\text{した}}+\Delta{U}_{1\to2}$との類似点に注意しましょう。
JIS規格で見る反応エンタルピー測定
都市ガスは燃焼熱量と測定方法が決められている
都市ガスでは、燃焼熱の測定方法がJIS K 2301によって定められており、①ユンカース式流水形ガス熱量計法、②ガスクロマトグラフィー法のどちらかで測定する必要があります。この内、①の「ユンカース式流水形ガス熱量計法」では、連続型燃焼設備を利用するエンタルピー測定法が利用されています。
例えば東京ガス社では約款(2024.11.5時点)で標準熱量(摂氏0度および圧力 101.325 キロパスカルの状態のもとにおける乾燥したガス1立方メートルの総熱量)は「45メガジュール」と定めています。
(前略)
― 熱量 ―
(1)「熱量」… 摂氏0度および圧力 101.325 キロパスカルの状態のもとにおける乾燥したガス1立方メートルの総熱量をいいます。
お客さまに供給するガスは,ガス事業法およびこれにもとづく命令(以下「ガス事業法令」といいます。)で定められた方法によってその熱量を測定します。
(2)「標準熱量」… (1)の方法により測定する熱量の毎月の算術平均値の最低値をいいます。(中略)
①東京地区等,群馬地区,群馬南地区
熱 量 標準熱量………………45 メガジュール(後略)
東京瓦斯株式会社 ガ ス 基 本 約 款 平成 29 年 4 月 1 日実施 より
ユンカース式流水型熱量計法とは
「ユンカース式流水型熱量計法(以下、熱量計)」とは、試料ガスを空気中で連続的に燃焼させ、燃焼熱による流水の温度上昇度合いから,標準状態における燃料の熱量を求めるものです。
- 試料ガス、空気、排気ガスの温度を冷水を使って同じ$T_R$にする
- 生成した水蒸気は凝縮させる(発生した凝縮熱は流水に吸収させる)
- 反応熱$Q$は水のtotal流量と温度上昇度合いから得る
- 試料ガスは圧力$p_r$で装置に押し込み、空気、生成ガスは室内圧力$p_R$とする
- 試料ガス、空気中には水蒸気を飽和させる(生成した水を生成ガス中に溶け込ませない)
自然に測定できる熱Qが反応エンタルピーΔHになる
この熱量計を次のような連続型の設備としてモデル化してみましょう。
エネルギーの保存を考えると、設備として行う仕事$W_{\text{した}}^{\text{設備}}$はないので、$U_{\text{f}}+p_{\text{f}}V_{\text{f}}+U_{\text{o}}+p_{\text{R}}V_{\text{o}}+Q=U_{\text{w}}+p_{\text{R}}V_{\text{w}}$となります。
ここから、エンタルピーの定義を用いて整理すると、$Q=H_{\text{w}}-H_{\text{o}}-H_{\text{f}}={\Delta{H_r}}$とできます。やはり自然に測定できる$Q$がこの連続設備における反応エンタルピー$\Delta{H_r}$であることがわかります。
いま、燃料ガスは湿潤で、圧力$P_{\text{f}}$、温度$T_{\text{R}}$なので、ファクター$F_1=\frac{p_f-p_w}{p_0}\frac{T_0}{T_R}$を利用することで標準反応エンタルピーを$\Delta{H}_r^0=\frac{Q}{F_1V_{\text{fg}}}(\text{J/m}^3)$として求めることができます($p_w$は飽和水蒸気圧、$p_0$は大気圧、$T_0$は$0\text{℃}$)。
ファクター$F_1$は燃料ガスなどを理想気体として取り扱うことで得られます。
ユンカース式流水型熱量計モデルの計算はこちら
まとめ
このページでは、「反応熱がエンタルピー差になる」というイメージのもと、バッチ型、連続型設備を通してエンタルピーを考え、最終的にはJIS規格で定められている熱量の測定方法を見ました。
「エンタルピー差は反応熱を表す」のか、「反応熱がエンタルピー差になる」のか、は数式上の違いはありません。しかし、それがゆえに人によって考え方が違っているのではないかと思います。
実験値から反応熱を測定する場合、反応熱を理科便覧から予想する場合など、皆さんは反応熱とエンタルピーの関係をどのようにイメージしていますか?