化学で熱力学を勉強していると、「内部圧」という言葉に出会うことがあります。
「圧力」とは異なる「内部圧」をなぜ扱うか分かりますか?実は内部エネルギーの変数の取り方にポイントがあります。
このページでは内部圧の定義から始めて、分子動力学シミュレーションを使って内部圧のふるまいを調べた結果や、状態方程式による窒素の内部圧の値までご紹介します。
- 内部圧$\pi$の定義
- 内部圧$\pi$と分子間力の関係性
- 分子動力学シミュレーションで体積$V$ごとの内部圧$\pi$を調べる
- 状態方程式を使って窒素$\text{N}_2$の内部圧$\pi$を調べる
内部圧とは
定義式の確認
「内部圧」ってどんな時に使うの?
内部圧$\pi$を使うと内部エネルギー変化量を$\text{d}U=C_V\text{d}T+\pi\text{d}V$と表せるんだ。
$\pi$を使うと内部エネルギー$U$を温度$T$と体積$V$の関数で表せるんだね。$\pi$に物理的な意味はあるの?
内部圧$\pi$も熱容量$C_V$と同じように物理的な意味があります。詳しく説明していくね。
内部圧$\pi$とは$\pi=(\frac{\partial{U}}{\partial{V}})_T$で定義され、定温下で気体の体積$V$を変化させたときの内部エネルギー$U$の変化量を表すものです。
単原子理想気体では、内部エネルギーは$U=\frac{3}{2}nRT$ですが、この場合、内部圧$\pi$は$0$です。
内部エネルギー$U$の自然な変数は$S,V$ですが、現実には$S$は扱いにくいため、変数を$T,V$とした$U(T,V)$を使うことも多いです。この場合、内部エネルギーの変化量を表す際、内部圧$\pi$を使うと便利なのです。
実際に、内部エネルギーの変化量は定積熱容量$C_V$と内部圧$\pi$を利用することで$\text{d}U=(\frac{\partial{U}}{\partial{T}})_V\text{d}T+(\frac{\partial{U}}{\partial{V}})_T\text{d}V=C_V\text{d}T+\pi\text{d}V$とすっきり書くことができます。
物理イメージの確認
定義はわかったけど、内部圧$\pi$ってどこから発生するの?
熱力学ではミクロな視点で考察することはあまりありませんが、このページでは内部圧$\pi$をイメージしやすくするため、分子スケールで気体の内部圧$\pi$を考えます。
分子スケールで内部圧$\pi$の起源を考えると、結論としては内部圧は分子間の相互作用によるものです。そのため、分子間力の引力斥力と内部圧$\pi$のプラスマイナスがリンクします。
引力と斥力の2パターンごとに内部圧$\pi$を考えてみよう
分子間力が引力メインの場合
分子間力が引力メインの場合、分子は近づきあいたいので、体積$V$が増加すると、分子間距離は伸びるため、不安定になります。その結果、内部エネルギー$U$は増加するため、内部圧$\pi=(\frac{\partial{U}}{\partial{V}})_T$はプラスになります。
分子間力が斥力メインの場合
分子間力が引力メインの場合、分子は離れたがっているので、体積$V$が増加すると、分子間距離は伸びるため、安定になります。その結果、内部エネルギー$U$は減少するため、内部圧$\pi=(\frac{\partial{U}}{\partial{V}})_T$はマイナスになります。
分子動力学シミュレーションで具体的に見てみよう
内部圧$\pi$の背景はわかったけど、まだ具体的なイメージできないよ
次にMDを使って内部圧$\pi$の数値を考えてみましょう
分子動力学シミュレーションの結果から内部圧$\pi$の様子を具体的に見てみましょう。
分子動力学シミュレーションは温度$T=1.0$のLJポテンシャル$V(r)=(\frac{1}{r})^{12}-(\frac{1}{r})^6$に従う単原子状分子$1000$個に対して行いました。
低密度の場合
低密度における内部圧$\pi$を調べましょう。体積$V=3500$まわりの内部エネルギーの結果は次の通りです。
内部エネルギー$U$ | 体積$V$ | |||
3400 | 3500 | 3600 | ||
温度$T$ | 1.0 | 1181 | 1190 | 1198 |
この時、内部圧の定義$\pi=(\frac{\partial{U}}{\partial{V}})_T$を利用すると、$\pi=(1198-1181)/(3600-3400)=0.078$と計算できます。
$\pi=0.078$なので、この体積では分子間力は引力メインだね。
高密度の場合
次に高密度における内部圧$\pi$を調べましょう。体積$V=1000$まわりの内部エネルギーの結果は次の通りです。
内部エネルギー$U$ | 体積$V$ | |||
980 | 1000 | 1020 | ||
温度$T$ | 1.0 | 1045 | 1006 | 974 |
この時、内部圧の定義から$\pi=(974-1045)/(1020-980)=-1.8$と計算できます。
$\pi=-1.8$なので、この体積では分子間力は斥力メインだね。
俯瞰的に内部圧$\pi$を見てみよう
内部圧$\pi$のイメージはついてきましたか?より俯瞰的に内部圧$\pi$を見ていきましょう。
内部圧$\pi$と内部エネルギー$U$の関係をより幅広く見てみましょう。体積$V$を$980~6000$の領域で変化させて、内部圧$\pi$を調べてみました。
グラフを見ると、体積$V=1400$周辺で分岐点があり、これより体積$V$が大きいと内部圧$\pi$はプラス、これより体積$V$が小さいと内部圧$\pi$はマイナスになっています。
体積が小さくなると分子間の反発力が大きくなるから、$\pi$も大きなマイナスになるね。
このように、同じ物質でも体積(密度)によって内部圧$\pi$はプラスにもマイナスにも変化します。
実在気体の場合
最後に実在気体として、窒素$1mol$を$1m^3$の容器に入れたときの内部圧$\pi$を調べてみましょう。
実在気体の内部エネルギー$U$なんてどうやって測るの?
熱力学の関係式を使うと実在気体も内部圧$\pi$を調べられるよ。
実在気体の場合、内部エネルギー$U$は簡単には測定できません。しかし、$(\frac{\partial{U}}{\partial{V}})_T=T(\frac{\partial{P}}{\partial{T}})_V-P$の関係から、圧力$P$が分かれば内部圧$\pi$は計算することができます。
実際に、ファンデルワールス状態方程式$P=\frac{RT}{V-b}-\frac{a}{V^2}$(窒素$\text{N}_2$のパラメーターは$a=0.141,b=39.2×10^{-6}$)を使うと、内部圧$\pi=(\frac{\partial{U}}{\partial{V}})_T=T(\frac{\partial{P}}{\partial{T}})_V-P=0.14\text{Pa}$と計算できます。
$\pi>0$のため、普通の状態においては窒素は引力が優勢なんだね。
まとめ
このページでは内部圧$\pi$の定義と物理的なイメージから初めて、分子動力学シミュレーションによる内部圧のふるまいや窒素$\text{N}_2$の内部圧までご紹介しました。
内部エネルギーの自然な変数は$S,V$ですが、実験などでは$T,V$のほうが扱いやすいため、$U(T,V)$もよく使われます。その際、体積$V$変化時の内部エネルギー変化量$\text{d}U$を表す際に内部圧$\pi$は登場するため、比較的よく出てくる物理量です。
内部圧$\pi$は気体の密度によってプラスにもマイナスにもなりますが、通常の温度、圧力下では内部圧$\pi$はプラスと思っていただければと思います。