【化学界の金字塔】ルシャトリエの原理を高校生と大学生の視点で理解しよう

ルシャトリエの原理を数式で理解しよう

ルシャトリエの原理は「自然は変化を嫌う」というおしゃれで定性的にも理解しやすい原理です。(なお、提唱者の化学者「アンリ・ル・シャトリエ」はおしゃれ人が多い?フランスの方です)

高校では、「変化が小さくなるように平衡は動く」と定性的に考えてルシャトリエの原理を学びますが、大学ではこの原理をより定量的に取り扱えることを学びます。

このページでは、アンモニアの平衡反応$\text{N}_2+3\text{H}_2\rightleftharpoons{2}\text{NH}_3$を利用して、高校化学で教わったルシャトリエの原理が大学では熱力学的な数式に落とし込んで理解できることを紹介します。

目次

1成分の分圧が増えた場合

化学平衡において、一つの成分の分圧が増えた際に平衡がどう動くかを考えましょう。

高校化学での理解

まずは高校化学で習うルシャトリエの原理を理解しましょう。

高校化学では「(定温であれば)化学平衡定数$K_P$は一定である」ということを前提にして化学平衡の移動を理解します。

例として、アンモニアの平衡反応$\text{N}_2+3\text{H}_2\rightleftharpoons{2}\text{NH}_3$を考えましょう。圧平衡定数は$K_P=\frac{P_{\text{NH}_3}^2}{P_{\text{N}_2}P_{\text{H}_2}^3}$と書けます。

いま、アンモニアの分圧$P_{\text{NH}_3}$が増えたとしましょう。この場合でも圧平衡定数$K=\frac{P_{\text{NH}_3}^2}{P_{\text{N}_2}P_{\text{H}_2}^3}$は同じ値をとり続けなければなりません。そのためには、分母にある窒素と水素の分圧$P_{\text{N}_2}$と$P_{\text{H}_2}$が増える必要があるので、平衡は左に移動します。

以上が、「化学平衡において一成分の分圧が増えた場合」に関する高校化学におけるルシャトリエの原理の理解です。

大学で学ぶこと

続いて、大学で学ぶルシャトリエの原理を紹介します。

大学においては、「化学平衡ではギブズ自由エネルギー$G$が極小になっている」という前提に基づいて、ルシャトリエの原理の根幹である$K_P=一定$を導きます。

大学では高校化学で前提としていた「化学平衡定数$K$は平衡が動いても一定である」の理由を教わるんだね

例えば、化学平衡$a\text{A}+b\text{B}\rightleftharpoons{x}\text{X}+y\text{Y}$において、平衡反応の自由エネルギー変化$\Delta{G}$は、それぞれの分圧を$P_A$、$P_B$、$P_X$、$P_Y$とすると、$\Delta{G}=(x\mu_X+y\mu_Y)-(a\mu_A+b\mu_B)$$=x(\mu_X^0+RT\ln{P_x})+\cdots$$=\Delta{G}^0+RT\ln\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}$となります。

平衡に達していればギブズ自由エネルギー$G$は極小、つまり$\Delta{G}=0$となっているので、$RT\ln\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}=-\Delta{G}^0(一定)$、つまり、$K_P=\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}=(一定)$が得られます。

全圧が増えた場合

次に、反応場の全圧$P$が増えた場合を考えよう。

全圧が変わった場合も平衡定数$K$が一定であることから、平衡がどちらに動くかが分かります。

高校化学での理解

高校化学では「化学平衡定数$K$は平衡が動いても一定である」という前提を使って化学平衡を考えますが、これは全圧が増える場合も適用できます。

例として、体積$V$の反応容器内でアンモニアの平衡反応$\text{N}_2+3\text{H}_2\rightleftharpoons{2}\text{NH}_3$が起こっているとしましょう。(圧平衡定数は$K_P=\frac{P_{\text{NH}_3}^2}{P_{\text{N}_2}P_{\text{H}_2}^3}$)

いま、反応容器を半分に圧縮したとします。すると、アンモニア、窒素、水素の分圧は全て2倍に増え、それぞれ$2P_{\text{NH}_3}$、$2P_{\text{N}_2}$、$2P_{\text{H}_2}$になります。

もし、平衡が動かなかったとすると、平衡定数は$\frac{(2P_{\text{NH}_3})^2}{2P_{\text{N}_2}(2P_{\text{H}_2})^3}=\frac{1}{4}\frac{P_{\text{NH}_3}^2}{P_{\text{N}_2}P_{\text{H}_2}^3}$になり、圧縮前に比べて$K_P$が$\frac{1}{4}$だけ小さくなってしまいます。

もちろん、温度が一定であれば平衡定数は変わらないはずなので、圧平衡定数$K_P$が圧縮前後で同じになるまで、$P_{\text{NH}_3}$を増やし、$P_{\text{N}_2}$と$P_{\text{H}_2}$を減らす方向に移動します。

大学で学ぶこと

全圧が増えた際も「化学平衡定数$K$は平衡が動いても一定である」という前提を使って考えるので、目新しさはありません。その代わり、数式を使って考えてみましょう。

$a\text{A}+b\text{B}\rightleftharpoons{x}\text{X}+y\text{Y}$において$a+b\gt{x+y}$(例えば$\text{N}_2+3\text{H}_2\rightleftharpoons{2}\text{NH}_3$が該当)の時を考えましょう。

$A,B,X,Y$のモル分率をそれぞれ$X_A,X_B,X_X,X_Y$としたとき、圧平衡定数$K_P$については、$K_P(\text{一定})=\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}$$=\frac{(X_XP)^x{\cdot}(X_YP)^y}{(X_AP)^a{\cdot}(X_BP)^b}=K_X\cdot{P^{-\delta}}$となります($-\delta=x+y-a-b\lt0$)。

したがって、全圧$P$が増えると$P^{-\delta}$は小さくなるので、$K_P$が一定になるには、$K_X$が大きくなる必要があります。これは、totalのモル数が減るように、平衡反応が右に進まなければならないことを意味しています。

環境の温度が上昇した場合

最後に、平衡に対する温度の影響を考えましょう。

高校化学での理解

残念ながら、高校化学の範囲では反応場の温度が変わったときに、平衡がどちらに動くかを数式を使って判断することはできません。

その代わり、化学反応が発熱反応、吸熱反応のどちらかであるかだけ考え、「自然は変化を嫌う」というるルシャトリエの原理に従って、感覚的に化学平衡の移動先を考えます。

例えば、アンモニアの生成反応は発熱反応です($\Delta{H}^0=-92\text{kJ/mol}$)。そのため、もし、反応場の温度が下がった場合は、「反応場の変化を嫌うであろう」と考え、アンモニアの割合がより増える方向に平衡が移動すると考えます。

大学で学ぶこと

高校化学では、反応場の温度が変わったときの化学平衡を数式で議論できませんでしたが、大学ではこれを数式で理解できることを学びます。

すでに得られている、平衡定数$K_P$、反応ギブズエネルギー$\Delta{G}^0$の関係式$\ln{K_P}=-\frac{\Delta{G}^0}{RT}$から考えます。

この式を温度$T$で微分すると、$\frac{\text{d}\ln{K}}{\text{d}T}=-\frac{1}{R}\frac{\text{d}(\Delta{G}/T)}{\text{d}T}$となるので、ギブズ-ヘルムホルツの式($\frac{\text{d}(\Delta{G}/T)}{\text{d}T}=-\frac{\Delta{H}}{T^2}$)を利用すると、$\frac{\text{d}\ln{K}}{\text{d}T}=\frac{\Delta{H}^0}{RT^2}$が得られます。

では、具体的にアンモニアの平衡反応$\text{N}_2+3\text{H}_2\rightleftharpoons{2}\text{NH}_3$($\Delta{H}=-92\text{kJ/mol}$)を考えましょう。

$\Delta{H}\lt0$なので、$\frac{\text{d}\ln{K_P}}{\text{d}T}\lt0$です。そのため、反応環境の温度$T$が上がると、$K_P=\frac{P_{\text{NH}_3}^2}{P_{\text{N}_2}P_{\text{H}_2}^3}$は減少します。つまり、温度上昇があがる時、$P_{\text{N}_2}$と$P_{\text{H}_2}$は大きくなる(平衡反応は左:吸熱側に進む)ことがわかります。

まとめ

このページでは、ルシャトリエの原理を熱力学的な式を用いて理解するため、反応場の圧力と温度が変化した際に化学平衡がどのように影響を受けるかを解説しました。

大学以降では、ルシャトリエの原理を熱力学的関係式に落とし込んで定量的に化学平衡を取り扱いますが、数式の取り扱いがわからなかった方も多いのではないでしょうか?

「自然は変化を嫌う」というおしゃれな原理も数式を使って定量的に議論ができることを知っていただければと思います。

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