ルシャトリエの原理は「自然は変化を嫌う」というおしゃれで定性的にも理解しやすい原理です。(なお、提唱者の化学者「アンリ・ル・シャトリエ」はおしゃれ人が多い?フランスの方です)
高校化学では、この原理を定性的に利用して化学平衡を取り扱いますが、大学以降では、この原理を熱力学的関係式に落とし込んで定量的に化学平衡を理解します。しかし、数式の取り扱いに不慣れな化学者も多いのではないでしょうか?
このページでは、ルシャトリエの原理を熱力学的な式を用いて理解するため、反応場の圧力と温度が変化した際に化学平衡がどのように影響を受けるかを解説します。
1成分の分圧が増えた場合
気体の平衡反応$a\text{A}+b\text{B}\rightleftharpoons{x}\text{X}+y\text{Y}$を取り扱います。この反応において1成分の分圧が増えた際に、平衡がどう動くかを考えましょう。
この平衡反応の自由エネルギー変化$\Delta{G}$は、それぞれの分圧を$P_A$、$P_B$、$P_X$、$P_Y$とすると、$\Delta{G}=(x\mu_X+y\mu_Y)-(a\mu_A+b\mu_B)$$=x(\mu_X^0+RT\ln{P_x})+\cdots=\Delta{G}^0+RT\ln\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}$となります。
平衡に達していれば$\Delta{G}=0$となっているので、$\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}=\exp(-\frac{\Delta{G}^0}{RT})=K_P(\text{一定})$となります。
ここで、平衡状態から$A$の分圧$P_A$が増えた場合を考えましょう。新しい平衡状態でも$\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}=K_P(\text{一定})$が変わらず成り立つには、$P_X$、$P_Y$が大きくなる必要があります。これは生成物が増えなければならないことを意味しています。
つまり、「1成分の分圧が増えた場合、変化による影響を打ち消すように平衡が動く」というルシャトリエの原理が$\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}=K_P(\text{一定})$から分かります。
全圧が増えた場合
次に、反応場の全圧$P$が増えた場合を考えましょう。
$a\text{A}+b\text{B}\rightleftharpoons{x}\text{X}+y\text{Y}$において$a+b\gt{x+y}$(例えば$\text{N}_2+3\text{H}_2\rightleftharpoons{2}\text{NH}_3$)の時を考えましょう。
$A,B,X,Y$のモル分率をそれぞれ$X_A,X_B,X_X,X_Y$としたとき、平衡定数$K_P$については、$K_P(\text{一定})=\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}$$=\frac{(X_XP)^x{\cdot}(X_YP)^y}{(X_AP)^a{\cdot}(X_BP)^b}=K_X\cdot{P^{-\delta}}$となります($-\delta=x+y-a-b\lt0$)。
したがって、全圧$P$が増えると$P^{-\delta}$は小さくなるので、$K_P$が一定になるには、$K_X$が大きくなる必要があります。これは、totalのモル数が減るように、平衡反応が右に進まなければならないことを意味しています。
つまり、「全圧が増えた場合、変化による影響を打ち消すように平衡が動く」というルシャトリエの原理も$\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}=K_P(\text{一定})$から得られます。
環境の温度が上昇した場合
最後に、平衡に対する温度の影響を考えましょう。
平衡定数$K_P$、反応ギブズエネルギー$\Delta{G}$の関係式である平衡反応の自由エネルギー変化の式$\Delta{G}=-RT\ln{K_P}+RT\ln\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}$から考えます。
この式を温度$T$で微分すると、$\Bigl(\frac{\partial(\Delta{G})}{\partial{T}}\Bigl)_P=-R\ln{K_P}+\ln\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}-RT\frac{\text{d}\ln{K_P}}{\text{d}T}$となるので、(少し整理すると)$\Delta{G}=RT^2\frac{\text{d}\ln{K_P}}{\text{d}T}+T\Bigl(\frac{\partial(\Delta{G})}{\partial{T}}\Bigl)_P$が得られます。
ここに熱力学の関係式(ギブズーヘルムホルツの式)$\Delta{G}=\Delta{H}+\Bigl(\frac{\partial(\Delta{G})}{\partial{T}}\Bigl)_P$を利用すると、最終的に$\frac{\text{d}\ln{K_P}}{\text{d}T}=\frac{\Delta{H}}{RT^2}$が得られます。
具体的には$\text{N}_2+3\text{H}_2\rightleftharpoons{2}\text{NH}_3$の場合を考えましょう。この反応は発熱反応なので$\Delta{H}\lt0$です。そのため、$\frac{\text{d}\ln{K_P}}{\text{d}T}=\frac{\Delta{H}}{RT^2}$の右辺は負の値です。そのため、反応環境の温度$T$を上げると、$K_P=\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}$は小さくなるため、平衡反応は左に進む(吸熱側に進む)ことがわかります。
つまり、「温度が変化場合、変化による影響を打ち消すように平衡が動く」というルシャトリエの原理は平衡反応の自由エネルギー変化の式$\Delta{G}=-RT\ln{K_P}+RT\ln\frac{P_X^x{\cdot}P_Y^y}{P_A^a{\cdot}P_B^b}$の微分から得られます。
まとめ
このページでは、ルシャトリエの原理を熱力学的な式を用いて理解するため、反応場の圧力と温度が変化した際に化学平衡がどのように影響を受けるかを解説しました。
大学以降では、ルシャトリエの原理を熱力学的関係式に落とし込んで定量的に化学平衡を取り扱いますが、数式の取り扱いがわからなかった方も多いのではないでしょうか?
「自然は変化を嫌う」というおしゃれな原理も数式を使って定量的に議論ができることを知っていただければと思います。