このページでは、モリエル線図(p-h線図)からわかる3つのこと(消費電力以上に冷房できる理由、運転の異常検知、冷房機器の性能計算)を紹介します。
冷房機器の各工程における冷媒の圧力・温度を把握できるモリエル線図は設計段階から運転保守に至るまで非常に重要です。
早速、エアコンの原理をモリエル線図で考えていきましょう。
エアコンの原理(消費電力以上に部屋を冷やせる理由)がわかる
空調機器の重要指標としてエネルギー消費効率(APF)というものがあります。このAPFとは、「所要電力の何倍の冷暖能力をだせるのか」というのを表しており、エアコンなどの空調設備の性能を示す重要な指標です。
APFは2006年以降に採用された指標で、JISによってカタログには表示が義務付けられています。
APFは冷暖房能力(kWh)÷消費電力量(kWh)で計算され、エアコンが1年間で発揮する能力を年間消費電力で割ることで計算できます。(JIS B8616:2015)。
下のモリエル線図での冷房運転を考え、なぜエアコンが消費電力以上に部屋を冷やす能力があるかを考えましょう。
以下ではこれを簡易化させた次のモリエル線図を使いましょう。
このモリエル線図で冷房を運転する場合、冷媒1サイクルあたり$h_1-h_4=520-290=230\text{kJ/kg}$分、部屋を部屋を冷やすことができます。一方で、コンプレッサーでは$h_2-h_1=570-520=50\text{kJ/kg}$しか電力は必要とされません。
つまり、モリエル線図で冷房サイクルが横長の台形であるため、与えた電力量より大きな冷房能力を持つことができるのです。
つまり、モリエル線図が横長のエアコンの方が能力が高いんだね
冷媒の進歩に伴って、モリエル線図は横長の形に進化を続けています
冷房の運転異常を検知できる
モリエル線図を作成することでエアコンなどの空調設備が異常な運転になっていないかを調べることができます。
異常運転として代表的な例2つを考えてみましょう
凝縮圧力・温度の上昇
凝縮器(エアコン室外気の熱交換フィン)における冷媒圧力や温度が通常よりも高くなる時があります。
この場合、次のような原因と影響が考えられます。
- 外気温の上昇時でも冷房能力を保つために凝縮温度が上がっている
- 熱交換機内配管の汚れにより高い圧力が必要になってしまっている
- 冷媒を適切な量よりも過剰に充填してしまっている
- 窒素等の不凝縮ガスが冷媒に混入している(冷媒充填前の真空引きが不十分であった、など)
室外機における凝縮圧力や温度が上昇した場合、コンプレッサーでより多くのエネルギーを冷媒に加える必要があるため、冷房効率が低下してしまいます。
一般的なエアコンの場合、凝縮圧力$4\text{MPa}$、温度$120$度を超えだすとエアコンが緊急停止することになります(高圧カット)
蒸発圧力・温度の低下
省エネの観点からは室内機での冷媒蒸発温度は高いほうが望ましいですが、冷媒の圧力・温度が想定よりも低下する場合があります。
この場合、次のような原因と影響が考えられます。
- 負荷の減少(部屋の温度が十分下がった場合など)
- 膨張弁の絞りすぎ
- 冷媒の不足、漏洩
- 室内機熱交換機の汚れ
冷房機器としての能力がわかる
モリエル線図を作成することでエアコンの冷房能力を知ることができます。ここでは、冷媒が$q_{m}(\text{kg/hr})$で流れているとします。
冷房能力がわかる
冷房の効果は室内機における蒸発器出入口のエンタルピー差$h_1-h_4(\text{kJ/kg})$によって実現されています。
そのため、質量流量$q_{m}(\text{kg/hr})$をかけることで冷房能力$\Phi$を知ることができます。$\Phi=q_{m}\times(h_1-h_4)(\text{kJ/hr})$
冷媒の流量は「超音波式流量計」などを使うと測定できますね
大規模な冷房設備だと冷媒の流量計がすでについている場合も多いです
例えば、冷媒の流量が$10\text{g/s}=0.01\text{kg/s}$だった時の、下のモリエル線図における冷房能力を計算してみましょう。
蒸発器出入口のエンタルピー差は$h_1-h_4=520-290=230(\text{kJ/kg})$です。
そのため、質量流量$q_{m}=0.01(\text{kg/s})$をかけることで、冷房能力は$\Phi=q_{m}\times(h_1-h_4)=2.3(\text{kW})$と計算することができます。
圧縮機の所要電力がわかる
コンプレッサーでは冷媒が圧縮されますが、この圧縮はかなり素早く行われるため、外部との熱のやり取りは無視できます。そのため、コンプレッサーでの工程は断熱圧縮と考えることができます。
エアコンのコンプレッサーの断熱圧縮でなされる仕事量は、圧縮前後のエンタルピー差と等しくなります。
断熱圧縮の仕事量がエンタルピー差になる理由
気体が外部と出入りしない場合、仕事量は熱力学第一法則から$\text{d}W=\text{d}Q-P\text{d}V$で与えることができます。
一方、シリンダー内の気体が弁を通して外部と出入りする開いた系では流動仕事$\text{d}W=\text{d}(PV)$を差し引く必要があります。そのため、エアコンのコンプレッサーの仕事量は$\text{d}W_c=\text{d}W-\text{d}(PV)=-V\text{d}P=-\text{d}H$とできます(断熱圧縮のため$\text{d}Q=0$としています)。
したがって、エアコンのコンプレッサーなど、開いた系における断熱工程では、仕事量はエンタルピーの差で表現できます。
そのため、質量流量が$q_{m}(\text{kg/hr})$で、コンプレッサー出入口のエンタルピー差が$h_2-h_1(\text{kJ/kg})$の時、コンプレッサーの電力は$P=q_{m}\times(h_2-h_1)(\text{kJ/hr})$となります。
例えば、冷媒の流量が$10\text{g/s}=0.01\text{kg/s}$だった時、下のモリエル線図におけるコンプレッサーの必要電力を計算してみましょう。
コンプレッサー出入口のエンタルピー差は$h_2-h_1=570-520=50(\text{kJ/kg})$です。
そのため、質量流量$q_{m}=0.01(\text{kg/s})$をかけることで、コンプレッサーの電力は$P=q_{m}\times(h_2-h_1)=0.5(\text{kW})$と計算することができます。
圧縮機の体積効率がわかる
圧縮機(コンプレッサー)ではピストンが押し込む体積$q_v$と実際に吸い込む体積$q_{vr}$には差があります。この$q_v$と$q_{vr}$の比$\eta=\frac{q_v}{q_{vr}}$は体積効率(容積効率)と呼ばれ、冷媒の流量を決定するため非常に重要なファクターです。
圧縮機で必要となる冷媒蒸気の吸い込み体積$q_{vr}(\text{m}^3\text{/hr})$は冷房能力$\Phi(\text{kJ/hr})$と比体積$v(\text{m}^3\text{/kg})$とを用いると$q_{vr}=\frac{\Phi{v}}{h_1-h_4}$となります。
つまり、体積効率(容積効率)$\eta$の定義を用いると、$\eta=\frac{\Phi{v}}{q_{vr}(h_1-h_4)}$と計算することができます。
この式を使って体積効率$\eta$を知るためには冷房能力$\Phi$を実測する必要があるね
冷房能力$\Phi$を知るためには「空気エンタルピー法」などで測定する必要があります
この体積効率が悪化する原因は次のようなものがあります。
- 圧縮過程における吸出し側から吸い込み側への冷媒の漏れ
- シリンダーへの吸い込み過程における流路の抵抗
- 吸い込み弁の閉じ遅れ
- すきま容積における冷媒の再膨張
まとめ
このページでは、モリエル線図でわかる3つのこと(消費電力以上に冷房できる理由、正常運転から異常運転への変化、冷房機器の性能計算)を紹介しました。
冷房機器では各工程における冷媒の圧力・温度を把握することが設計段階から運転保守に至るまで非常に重要です。
冷房機器の性能の変化もモリエル線図で確認できるので、これからの冷房機器の能力向上を楽しみましょう。