エントロピーという言葉を聞いたことがない方はほとんどいないと思います。しかし、$\text{d}S=\text{d}Q/T$や$\Delta{S}=C_v\ln\frac{T_1}{T_2}$などの数式が多く、具体的なイメージが湧きににくいと感じる方が多いのではないでしょうか?
熱力学を得意になるために、重要になってくるのが「どれだけ具体的数値に落とし込んで熱力学を理解したか」です。
このページでは、分子動力学シミュレーション(MD)を活用し、具体的な数値を扱いながらエントロピーを解説していきます。
このページの目標
さきほど、「どれだけ具体的数値に落とし込んで熱力学を理解したか」が重要です。と説明させていただきました。そこで、このぺーじでは様々な温度$T$や体積$V$におけるエントロピー$S$の値を具体的な計算で得ることを目標にします。
エントロピーってよく聞くけど、温度とかと違っていまいちイメージが湧かないんだよ
このページでMDを使ってエントロピーを具体的に計算してみるから、見てみてね。
どのように求めるかというと、次の順序になります。
それぞれについて、詳しく説明していきますね。
ステップ1:基準となる温度$T$と体積$V$を決める
熱力学においてエントロピー$S$を求める際、一番初めに行うことは基準となる温度$T$と体積$V$を決めることです。
これは、熱力学においてエントロピーは変化量$ΔS$しか計算できないので、どこか状態のエントロピーを基準$0$と決める必要があるためです。そこでこのぺージでは$T=0.9,V=3000$の時の$S$を$0$とします。
温度$T$や体積$V$に単位がないのはなんで?
MDでは温度$T$や体積$V$を無次元化(単位をなくしたもの)するのが一般的です。例えばヘリウム気体の温度$300K$を$T=1.0$とすることも可能です。
ステップ2:複数条件の分子動力学シミュレーション(MD)を行う
基準となる温度$T$と体積$V$が決まったあとは、その基準となる状態やそれに近い状態に対してMDを複数行います。
今回は$T=0.9,V=3000$を基準に置いているので、温度$T$が$0.9~1,1$の範囲($0.9,0.91,\cdots,1.1$)、体積$V$が$3000~4000$の範囲($3000,3100,\cdots,4000$でMDを行いました。
温度$T$ | 0.9~1.1まで0.1刻みで変化させる |
体積$V$ | 3000~4000まで100刻みで変化させる |
MDから得られた内部エネルギー$U$の結果(一部抜粋)はこちら
エネルギー$U(T,V)$ | 体積$V$ | ||||
3000 | 3100 | ~ | 4000 | ||
温度$T$ | 0.90 | 976 | 988 | 1067 | |
0.91 | 993 | 1004 | 1084 | ||
~ | |||||
1.10 | 1305 | 1317 | 1387 |
MDから得られた圧力$P$の結果(一部抜粋)はこちら
圧力$P(T,V)$ | 体積$V$ | ||||
3000 | 3100 | ~ | 4000 | ||
温度$T$ | 0.90 | 0.478 | 0.454 | 0.312 | |
0.91 | 0.483 | 0.459 | 0.316 | ||
~ | |||||
1.10 | 0.597 | 0.568 | 0.389 |
MDの結果をまとめたものをページを最後までスクロールしたところに置いています。
シミュレーション間隔は細かければ細かいほどエントロピー$S$の計算精度は上がります。
ステップ3:MDの結果からエントロピー$S$を計算する
ステップ2までで下準備は完了です。ステップ3で$\Delta{U}=T\Delta{S}-P\Delta{V}$を利用してエントロピー$S$を求めていきます。
これは熱力学第一法則$\Delta{U}=\Delta{q}-\Delta{W}$に
$\Delta{q}=T\Delta{S}$と$\Delta{W}=P\Delta{V}$を代入したものだね!
いま、MDの結果から様々な温度$T$、体積$V$での内部エネルギー$U$と圧力$P$がわかっている状態です。そのため、熱力学第一法則を変形した$\Delta{S}=\frac{1}{T}\Delta{U}+\frac{P}{T}\Delta{V}$にMDの結果を代入することで$\Delta{S}$を求めることができるのです。
MDでは温度$T$と体積$V$を変化させてシミュレーションしているので、それぞれ等積昇温、等温膨張時の$\Delta{S}$をもとめることができるよ。
実際に①等積昇温時、②等温膨張時のエントロピー変化$\Delta{S}$を求めてみましょう。
①等積昇温時の$\Delta{S}$計算
それではまず、$T=0.90→0.91$へ系が$V=3000$を保ったまま等積昇温した時のエントロピー変化を考えましょう。この変化では、$ΔV=0$であることから、エントロピー変化は$ΔS=\frac{1}{T}ΔU$で計算できます。
MDの結果から、昇温時の内部エネルギー変化量は$ΔU=993−976=17$であるため、$ΔS=\frac{1}{T}ΔU=17/0.90=18.8$となります。
温度$T$ | 0.9 | → | 0.91 |
体積$V$ | 3000 | → | → |
エントロピー$S$ | 0 | → | 18.8 |
$S(T=0.9,V=3000)$を$0$としていることから、$S(T=0.91,V=3000)$はそのまま$18.8$だね。
②等温膨張時の$\Delta{S}$計算
次に、$V=3000→3100$へ系が$T=0.9$を保ったまま定温膨張した時のエントロピー変化$\Delta{S}$を考えましょう。
この変化では、内部エネルギー変化は$ΔU=988−976=12$で、体積変化は$ΔV=3100−3000=100$です。さらに膨張時の圧力平均値$P=0.466$を用いると$ΔS=\frac{1}{T}ΔU+\frac{P}{T}\Delta{V}$から$\Delta{S}=12/0.9+0.466/0.9\times100=65.1$とエントロピー変化を計算することができます。
体積$V$ | 3000 | → | 3100 |
温度$T$ | 0.9 | → | → |
エントロピー$S$ | 0 | → | 65.1 |
さらに計算を続けると
このように等積昇温と等温膨張におけるエントロピー変化$\Delta{S}$を計算することができました。
さらにどんどん計算を行うと、$T:0.9~1.1$と$V:3000~4000$の領域でのエントロピー$S$を得ることができるのです。
エントロピー$S(T,V)$ | 体積$V$ | ||||
3000 | 3100 | ~ | 4000 | ||
温度$T$ | 0.90 | 0.0 (基準) | 65.1 | 526 | |
0.91 | 18.8 | 83.1 | 546 | ||
~ | |||||
1.10 | 330 | 393 | 841 |
ひとつずつ計算で出すの大変そうだな
エクセルなどの数式機能を使えば、まとめて計算することができますよ。
このページで使ったMDの結果(温度、体積ごとの内部エネルギー、圧力、エントロピー)を置いておきますね。
MDの結果(内部エネルギー、圧力、エントロピー)
まとめ
このページでは分子動力学シミュレーション(MD)を利用して、エントロピーを具体的に計算してきました。この方法は熱力学積分と呼ばれる手法です。
熱力学積分でエントロピーを得るには、大量の条件でシミュレーションを行う必要がありますが、エントロピー変化量$ΔS$を計算しやすい便利な手法です。