【乱雑さと言うけれど】熱と統計のエントロピーは確かに同じです

熱と統計のエントロピーは確かに同じ

化学熱力学の教科書で「エントロピーはS=kB log Wで与えられ、乱雑さを表します」と熱力学の冒頭で書きつつも、そのあとはdS=dQ/Tでの計算しか出てこず、乱雑さはどこにいった?と思ったことはありませんか?

エントロピーは熱力学からはdQ/Tで与えられ、統計力学からはS=kB log Wで与えられますが、状態量を数えることで確かに両者が同じであることを確かめることができます。

このページでは、理想気体における状態量Wの計算を行うことで統計力学的な定義によるエントロピーが熱力学のものと同じになることを示します。

目次

統計的エントロピーと熱的エントロピーは等しいことを示そう

このページでは次の順番で$S_{\text{統計}}=S_{\text{熱}}$であることを示します。

STEP
エネルギーUを持つときの状態数Wを数える

まず、$S_{\text{統計}}=k_B\log{W}$なので、状態数$W$の数え方を考えましょう。

STEP
状態数Wを最大にできる粒子分布の形を導く

「乱雑さ」が最大になるように粒子は運動するので、その粒子分布を計算しましょう。

STEP
粒子分布がexp(-E/k_BT)であることを確認する

ボルツマン定数$k_B$を使うと温度$T$での粒子分布がわかることを確認します。

STEP
統計的エントロピーと熱的エントロピーが等しいことを導く

簡単な微分計算を使うことで目的の結論を得ます。

詳細な計算はこちら
熱エントロピーと統計エントロピーは等しい

補足1(ラグランジュの未定乗数法で粒子分布の形を得る)

エントロピー_熱統計_補足1

補足2(気体運動論の結果から$\beta=1/k_BT$を得る)

エントロピー_熱統計_補足2

エネルギーUを持つときの状態数Wを数える

エントロピーは$S=k_B\log{W}$で与えられるらしいけど、$W$はどうやって数えるの?

状態数$W$を数えるには、気体の運動状態を「格子点」として捉える必要があります。

理想気体の1粒子に着目しましょう。この1粒子は他の分子との衝突によって刻々と速度を変えます。これは、軸$v_x$と$v_y$を持つ空間(位相空間と呼ぶことにします)を使うと、次のように時々刻々と点が移り変わることを意味します。

理想気体分子の運動は位相空間で刻々と移り変わる点です

$1$molの粒子全体を考えると、$N_1$個の粒子がエネルギー$\epsilon_1$の領域にあり、$N_2$個の粒子がエネルギー$\epsilon_2$の領域にあり、、、というふうに考えることができます。

エントロピー$S=k_B\log{W}$の$W$とは、この$N_A$個の粒子をそれぞれのエネルギー領域へ振り分ける場合の数のことです。

N個の位相点
$W$は$N_A$個の点を位相空間に散らばせる場合の数です

まず、この$N_A$個の粒子をそれぞれのエネルギー領域へ振り分ける方法は$\frac{N_A!}{N_1!N_2!\cdots}$通りです。さらに、$i$番目のエネルギー$\epsilon_i$領域には$g_1$通りの速度の取り方(つまり格子点が$g_1$個)があるとします。

すると最終的に状態量は掛け算で計算できるので、$W=\frac{N_A!}{N_1!N_2!\cdots}g_1^{N_1}g_2^{N_2}\cdots$になります。

なぜ「格子点」以外の運動は許されないの?

量子力学的な効果から、細かすぎる運動の違いは区別できないためです

状態量は極めて鋭いピークを持つ

次に、自然は乱雑な方法へ向かうので、$N_1,N_2,\cdots$は状態量$W$が最大となるように振り分けられます。

いわゆる「自然は乱雑さが好き」というやつだね

いま、$N_1=\overline{N_1},~N_2=\overline{N_2},\cdots$で$W$が極大点を持つとすると、$\overline{N_1},\overline{N_2},\cdots$から微小に変化しても$\log{W}$は変化しないので、$\text{d}(\log{W})|_{\overline{N_i}}=\sum_i(\frac{\partial}{\partial{N_i}}\log{W})|_{\overline{N_i}}\text{d}N_i=0$となります。

状態量は鋭いピークを持つ
状態数$W$は$\overline{N_1},\overline{N_2},\cdots$でピークを持つとします

つまり、粒子数とエネルギーが一定にさせつつ、$\text{d}(\log{W})|_{\overline{N_i}}=0$を満たす$\overline{N_1},\overline{N_2},\cdots$を見つけられれば、それが統計力学的エントロピー$S_{\text{統計}}$につながります。

制約条件を課しながら関数の極大点を見つけるために、ラグランジュの未定乗数法という方法を使います。

結局、$\overline{N_i}=g_ie^{\alpha-\beta\epsilon_i}$の時に$W$は極大値$W|_{\overline{N_i}}=\log{Z}+\beta{U}$になります。($Z$は分配関数$Z=\sum_ig_ie^{-\beta\epsilon_i}$で、定数$\alpha$、$\beta$は粒子数とエネルギーの条件から決まります。)

ラグランジュの未定乗数法の計算はページ前半の「詳細な計算はこちら」の補足にあります

ボルツマン定数を考える

$W$は極大値を与えるのは$\overline{N_i}=g_ie^{\alpha-\beta\epsilon_i}$の時ですが、この$\beta$は具体的にどのような式にすればよいのでしょうか?

結論はもちろん$\beta=\frac{1}{k_BT}$ですが、確認していきましょう。

$\beta=\frac{1}{k_BT}$の詳細な計算はページ前半の「詳細な計算はこちら」の補足にあります

気体の運動論から

$1$mol($N_A$個)の単原子理想気体が体積$V$の箱の中にあるとします。この時、気体定数$R$とボルツマン定数$k_B$の定義から$pV=RT=N_Ak_BT$が成り立ちます。

気体運動論
気体運動論から$\frac{U}{N_A}=\frac{3}{2}k_BT$が得られます

また、粒子が壁に跳ね返される力によって圧力$p$が発生することから、$pV=\frac{2}{3}N_A\Braket{\frac{1}{2}mv^2}$が得られます($\Braket{v^2}$は平均速度の自乗)。

つまり、両者を見比べると$1$molの粒子が持つエネルギーは$\frac{U}{N_A}=\Braket{\frac{1}{2}mv^2}=\frac{3}{2}k_BT$です。

これは$U=\frac{3}{2}nRT$の関係だね

統計力学から

状態量が一番多くなるという条件から$N_A=e^\alpha\sum_ig_ie^{-\beta\epsilon_i}$と$U=e^\alpha\sum_ig_i\epsilon_ie^{-\beta\epsilon_i}$がすでに得られています。

単原子の理想気体の場合、速度$v$でのエネルギーは$\frac{1}{2}mv^2$で与えられ、エネルギーごとの選択し$g_i$も適当な幅$\delta$を用いることで数えることができます。

$g_i$を数えるための適当な幅$\delta$(量子力学的には$h$)は$\frac{U}{N}$の割り算の際に消えてしまいます。

つまり、この$N$と$U$の式は解析的に計算ができ、$\frac{U}{N_A}=\frac{3}{2\beta}$になります。

β=1/kBTが得られる

気体運動論の結論$\frac{U}{N_A}=\frac{3}{2}k_BT$と統計力学の結論$\frac{U}{N_A}=\frac{3}{2\beta}$を見比べることで$\beta=\frac{1}{k_BT}$が得られます。

結果、$\frac{\overline{N_i}}{N_A}=\frac{g_ie^{-{\epsilon_i}/{k_BT}}}{Z}$になります。これはいわゆるカノニカル(正準)分布と呼ばれるものです。

【結論】統計力学と熱のエントロピーは等しい

これまでに得られた結果から、極大の状態量を与える$\overline{N_i}$と$\beta=1/k_BT$を用いることで$S_{\text{統計}}=k_B\log{W}=N_Ak_B\log{Z}+\frac{U}{T}$が得られます。

この式を温度微分すると、$\frac{\text{d}S_{\text{統計}}}{\text{d}T}=\frac{\text{d}(k_B\log{W})}{\text{d}T}=\frac{1}{T}\frac{\text{d}U}{\text{d}T}=\frac{C_V}{T}$になります。

つまり、温度が$\text{d}T$変化した場合、統計力学的なエントロピー変化は$\text{d}S_{\text{統計}}=\frac{C_V}{T}\text{d}T$になりますが、分子の${C_V}\text{d}T$は系に加えられた熱量$\text{d}^\prime{Q}$に相当します。一方、熱力学的なエントロピー変化の定義は$\text{d}S_{\text{熱}}=\frac{\text{d}^\prime{Q}}{T}\text{d}T$なので、結局$\text{d}S_{\text{統計}}=\text{d}S_{\text{熱}}$になります。

つまり、絶対零度でのエントロピーを$0$とする(熱力学第3法則)ことで積分定数を$0$にできるので、$S_{\text{統計}}=S_{\text{熱}}$が得られます。

まとめ

このページでは、理想気体における状態量Wの計算を行うことで統計力学的な定義によるエントロピーが熱力学のものと同じになることを示しました。

理想気体の計算を通して、$k_B\log{W}$で与えられる$S_{\text{統計}}$は、$\text{d}Q/T$で与えられる$S_{\text{熱}}$と確かに同じであることが確かめられました。

化学熱力学の教科書で「エントロピー乱雑さを表します」と冒頭で書きつつも、そのあとは$\text{d}S=\text{d}Q/T$の計算しか出てこず、乱雑さはどこへ?と思うかもしれませんが、$S_{\text{統計}}=S_{\text{熱}}$であることに安心していただければと思います。

目次