【単なる膨張とは違う】ジュール・トムソン効果を原理から応用まで解説

ジュール・トムソン膨張を解説

「ジュール・トムソン効果」と聞いて、「ただ気体が膨張するだけでしょ?」と考えていませんか?

普通、気体が膨張すると直感的には温度下がると思い込みがちですが、ジュール・トムソン効果は気体の膨張時でも温度が上がりえます。

このページではジュール・トムソン効果について普通の断熱膨張との比較を行いながら、エンタルピー変化量や温度変化量などを紹介し、最終的にはエアコンでどのように利用されているかまで解説します。

目次

【ジュール・トムソン効果】膨張しても温度が下がらないかも

ジュール・トムソン効果を生むのがジュール・トムソン膨張です。

このジュール・トムソン膨張と断熱膨張はともに外部との熱のやり取りがなく、体積が増えるという点でとても似ているように見えますが、実は全く異なります。主な違いは断熱膨張は可逆変化で必ず温度は下がる、ジュール・トムソン膨張は不可逆変化で温度は上がることもあることです。

ジュール・トムソン膨張
減圧弁を通る流体にはジュール・トムソン効果が起こります

工業的にはジュール・トムソン効果はスチームなどの気体が連続的に減圧されるプロセスで現れるのに対し、断熱膨張はエンジンサイクルの一部として現れます。

ジュール・トムソン膨張と断熱膨張の違いを下にまとめています。

ジュール・トムソン膨張断熱膨張
外部からの熱供給なしなし
膨張前後での保存量エンタルピー$H$エントロピー$S$
温度変化温度は上がることもある温度は下がる
可逆性不可逆($\Delta{S}\gt0$)可逆($\Delta{S}=0$)
P-V図に変化が書けるか書けない書ける
プロセス例エアコンの減圧弁ガソリンエンジンのシリンダー
ジュール・トムソン膨張と断熱膨張との違い

これらの違いを次から確認していきましょう。

ジュール・トムソン効果の計算

エンタルピーが保存する

ジュール・トムソン膨張断熱膨張
一定になるものエンタルピーエントロピー
ジュール・トムソン膨張はエンタルピーが保存する

まずは、ジュール・トムソン膨張ではエンタルピーが保存することを確認しましょう。

ジュール・トムソン効果で一番有名な計算だね。

ジュール・トムソン膨張を下のように簡略化して表現しましょう。装置に連続的に流体(気体や液体)を左から右に流します。左右の圧力はそれぞれ$P_1$と$P_2$に制御されているとします($P_1\gt{P_2}$)。

ジュール・トムソン膨張過程
ジュール・トムソン膨張過程

連続で流れている流体のうち一部分(体積$V_1$)に着目して、これが右側では$V_2$にまで膨張したとします。すると圧力は一定なので、流体は左側で$P_1V_1$の仕事をされ、右側へは$P_2V_2$の仕事を外にすることになります。

外との熱のやり取りがない(断熱系)ので、熱力学第一法則から$\Delta{U}=U_2-U_1=P_1V_1-P_2V_2$となります。これを整理すると$U_1+P_1V_1=U_2+P_2V_2$なので、減圧前後のエンタルピーは同じであることがわかります($H_1=H_2$)。

ジュール・トムソン膨張に伴う温度変化

ジュール・トムソン膨張断熱膨張
温度変化温度は上がることもあれば下がることもある温度は下がる
ジュール・トムソン膨張では温度が下がるとは限らない

次にジュール・トムソン膨張による温度変化を調べましょう。

断熱膨張では必ず温度は下がるよね。

ジュール・トムソン膨張ではエンタルピー$H$が一定で圧力$P$が低下した際の温度$T$の変化を調べることになるので、$\mu=(\frac{\partial{T}}{\partial{P}})_H$を調べることになります。

これはジュール・トムソン係数$\mu$と呼ばれています。

この$\mu$は計算すると$\mu=\frac{1}{C_p}(T(\frac{\partial{V}}{\partial{T}})_P-V)$と変形できます。

詳しい計算はこちら
ジュールトムソン係数の計算

ファンデルワールス状態方程式の場合、$P=\frac{RT}{V_m-b}-\frac{a}{V_m^2}$で$a,b$が十分小さいとすると、$\mu=\frac{1}{C_p}(\frac{2a}{RT}-b)$となります。$a,b$は物質固有なので、温度$T$によってジュールトムソン係数$\mu$はプラスにもマイナスにもなりえます。

詳しい計算はこちら
ファンデルワールス気体のジュールトムソン係数

ジュール・トムソン膨張では温度が下がるとは限らないんだね

例えば、水素は$-80\unicode{x2103}$以上の温度でジュール・トムソン膨張させると温度が上昇します。

エントロピー変化と可逆性について

ジュール・トムソン膨張断熱膨張
可逆性不可逆($\Delta{S}\gt0$)可逆($\Delta{S}=0$)
P-V図に変化が書けるか書けない書ける
ジュール・トムソン膨張は不可逆変化

最後に可逆性とエントロピー変化を調べましょう。断熱膨張では熱量が入らずに可逆変化するので$\text{d}S=\frac{\text{d}Q}{T}=0$となり、エントロピー変化はありません。

一方、ジュール・トムソン膨張ではエンタルピーが変化しないので、$\text{d}H=T\text{d}S+V\text{d}P$で$\text{d}H=0$として、$\text{d}S=-\frac{V}{T}\text{d}P$です。いま、$\frac{V}{T}\gt{0}$で、$\text{d}P\lt{0}$なので、この変化はかならず$\text{d}S\gt{0}$になります。断熱系にもかかわらずエントロピーが増えているので、熱力学第二法則により、この変化は不可逆です。

ジュール・トムソン膨張も断熱下なのに、エントロピーが増えるのか。

ジュール・トムソン膨張では膨張途中がP-V図に落とし込めません。断熱下ですが、エントロピーは増えます。

流体を高圧側と低圧側で定圧を保って膨張させる過程で流体が分かれてしまうので、ジュール・トムソン膨張では状態変化をP-V線図に表せません。

ジュール・トムソン効果pV図
ジュール・トムソン膨張の過程はP-V図に描けない

非常に重要なことですが、ジュール・トムソン膨張をゆっくり行っても可逆変化にはなりません。

膨張の過程で異なる圧力領域が発生するから、絶対にP-V図に落とし込めないよね。

エアコンでのジュール・トムソン効果

ジュール・トムソン効果は流体が減圧弁などを通って流れるときに起こるため、身の回りにもごくありふれています。その代表例がエアコンです。

工場でスチームをPCVで減圧させる際も現れる効果です

エアコン(冷房利用時)では部屋を冷やすために冷媒を冷やす必要があります。そのための工程が膨張弁(減圧弁)での圧力減少とそれに伴う温度低下です。これはまさしくジュール・トムソン効果で、エアコンの場合、冷媒はジュール・トムソン膨張で温度は低下します。

エアコンのモリエル図
エアコンのモリエル図

運転状況によって冷媒温度・圧力は変化するので、上図の圧力や温度は一例です。

ジュール・トムソン効果は気体だけではなく、液体でも起こります。実際、エアコンの場合は減圧弁の前後は液体です。

ジュール・トムソン膨張は気体・液体に関わらず起こるんだね

エアコンの性能や必要なコンプレッサー能力を見積もる際はp-h線図(モリエル図)が標準的に用いられます。これは、圧力$p$一定で冷媒の蒸発・凝縮が行われることと、ジュール・トムソン効果による冷媒の温度低下がエンタルピー$h$一定下で行われることと相性がよいためです。

冷媒は低温液体や高温気体などいろいろ状態を変えるんだね。

例えばコンプレッサーに液体が入ると故障します。冷媒を入れる量は非常に重要です。

まとめ

このページではジュール・トムソン効果について断熱膨張との比較を行いながら、エンタルピー変化量や温度変化量などの計算を行い、エアコンでどのように利用されているかを解説しました。

ジュール・トムソン効果は流体が連続的に減圧される際に起こることから、エアコンやスチームの減圧など身の回りにもありふれた現象です。

このジュール・トムソン効果は断熱膨張と一見似ていますが、不可逆性や膨張に伴う昇温がありえることなど、全く似て非なるものであることに注意しましょう。

目次