身の回りで熱力学が重要な役割を果たしているひとつに車のガソリンエンジンがあります。
このガソリンエンジンのサイクルを模したものがオットーサイクルで、断熱工程と定積工程のみから構成されるため、非常にシンプルなモデルです。
このページでは理工系の学生や自動車に興味のある方向けに、理想的なオットーサイクルの具体的な計算結果を紹介したうえで、実際のガソリンエンジンではオットーサイクルの違い4つをご紹介します。
オットーサイクルの熱効率とは?基本をわかりやすく解説
オットーサイクルの定義と特徴

オットーサイクルの特徴を理解することは、エンジンの性能や効率を考える上で非常に重要です。
オットーサイクルとは、主にガソリンエンジンで採用されている理想的な熱サイクルのことで、2つの断熱変化(圧縮・膨張)と2つの等容変化(燃焼・排気)から構成されます。


実際の自動車エンジンでは吸気工程と排気工程が加わります。
オットーサイクルの一番の特徴は、燃焼工程を定積昇温としている点です。つまり、燃焼が瞬時に等容で行われることや、熱の出入りが完全に制御されることが前提となっています。

しかし、この後で紹介しますが、実際のガソリンエンジンでは(主に定積昇温において)オットーサイクルからは全くかけ離れた圧力、体積挙動をとります。その結果、理想とはかけ離れた熱効率になってしまいます。

「定積で加熱が行われる」というのは実際には厳しい仮定だよね
カルノーサイクル・ディーゼルサイクルとの違い
オットーサイクルは、理想的なガソリンエンジンのモデルですが、他にも熱機関の理想サイクルとしてカルノーサイクルやディーゼルサイクルがあります。
カルノーサイクルは、熱効率が理論的に最も高いサイクルで、2つの等温変化と2つの断熱変化から成り立ちます。
一方、ディーゼルサイクルは、燃焼が等圧で進行する点が特徴で、主にディーゼルエンジンで採用されています。

それぞれのサイクルは、熱効率や運転特性に違いがあり、用途や思想によって使い分けられています。
| サイクル名 | 燃焼過程 | 主な用途 |
|---|---|---|
| オットーサイクル | 等容 | ガソリンエンジン |
| ディーゼルサイクル | 等圧 | ディーゼルエンジン |
| カルノーサイクル | 等温 | 理論モデル |
理論値の熱効率を導出する:数式と原理
オットーサイクルの熱効率導出の流れ
オットーサイクルの熱効率$\eta$は、理想気体の法則と熱力学の第一法則を用いて導出されます。
サイクル内の各工程でのエネルギー収支を考えることで、熱効率は「仕事/投入熱量」で計算することができます。

サイクル全体の仕事量は投入熱量と排出熱量の差で計算できるね

理想的なオットーサイクルを具体的な数値に落とし込んで考えてみましょう。
オットーサイクルのp-V線図と仕事の関係
次のような排気量1500ccの4気筒エンジンに完全ガスを入れた場合のオットーサイクルを考えましょう。
| 備考 | ||
| シリンダー体積 | 0.375L | 1500cc/4気筒 |
| 大気圧 | 0.1013MPa | 大気圧 |
| 圧縮比$r$ | 9 | |
| 空気比熱比$\gamma$ | 1.4 | 一定とする |
| 空燃比 | 14.7kg/kg | ガソリン添加量に影響 |
| 燃料燃焼熱 | 34.6MJ/L | |
| ガス定積比熱 | 721J/kg・K | 一定とする |
オットーサイクルの熱効率$\eta$は、圧縮比($r$)と比熱比($\gamma$)によって決まり、
「$\eta=1-1/r^{(\gamma-1)}$」という式で表されます。つまり、今の場合$r=9$、$\gamma=1.4$なので、$\eta=1-1/9^{0.4}=58.4\%$と計算できます。
なお、$P$-$V$線図と$T$-$S$線図は次のようになります。

(エントロピーの基準は断熱圧縮前とする)
比熱比や圧縮比が効率に与える影響
オットーサイクルの熱効率$\eta$は、熱効率は「$\eta=1-1/r^{(\gamma-1)}$」という式で表されるため、圧縮比$r$が高いほど、また比熱比$\gamma$が大きいほど効率が高くなります。

理論的には、圧縮比が高いほど熱効率は向上しますが、実際のエンジンではノッキングや材料強度の制約があるため、無制限に圧縮比を上げることはできません。
- 圧縮比$r$の向上が効率アップの基本
- 比熱比$\gamma$も重要なパラメータ
- 現実にはノッキングや材料強度が制約
これらの条件をバランスよく設計することが、効率の良いエンジン開発のカギとなります。
現実のオットーサイクル熱効率が理論値と異なる理由
現実のエンジンにおける熱効率損失の可視化
先ほどの計算によると、オットーサイクルの最高圧力は12MPa、温度は5000Kを超えますが、実際にはここまでの高温高圧にはなりません。下図のように実際のガソリンエンジンでは実際の最高圧力は5~9MPa、温度は2000~2500K程度に落ち着きます。(図は村山正著の「エンジン工学ー内燃機関の基礎と応用」を参考に作成)
これは、燃焼による加熱が即時完結しないため(定積昇温でなくなる)や比熱の変化などのためです。

実際のガソリンエンジンのサイクルがオットーサイクルとは全く異なる理由には様々ありますが、次のような化学的な要因が一因です。
- 燃焼前後で作業流体の組成が異なる
- 比熱が高温になるにつれて増加する(比熱比は減少)
- 燃焼行程ではガス分子が乖離し、全体のモル数が増加する
- 燃焼による温度上昇が即時には完了しない

理論と異なる原因は、吸排気損失や摩擦損失、燃焼・冷却損失など機械的な要因もあります。
燃焼前後で作業流体の組成が異なる
理想的なオットーサイクルではサイクルにおいて作業気体の組成は変化しませんが、実際のエンジンサイクルでは燃焼工程の前後で気体の組成が変化します。


吸気から燃焼前までは空気とガソリン(+前サイクルの残留物)の混合物ですが、燃料は燃えた後は二酸化炭素などに変わります。
作業気体の比熱や分子数がサイクル途中で変化するため、実際のエンジンサイクルは理想的なオットーサイクルからずれていきます。
比熱が高温になるにつれて増加する(比熱比は減少)
理想的なオットーサイクルでは比熱を一定値としますが、実在気体の比熱は高温になるにつれて大きくなります。


空気の(定圧)比熱は常温では1000J/kg・K程度ですが、1500℃においては1300J/kg・K程度まで上昇します。
高温では作業ガスの比熱が大きくなるので、実際のエンジンにおける燃焼工程での温度上昇は、理想的なオットーサイクル(比熱が一定)よりも小さくなります。
燃焼行程ではガス分子が乖離し、全体のモル数が増加する
燃焼工程において、エンジン室内は2000~2500K程度まで上昇しますが、このような高温領域では二酸化炭素や水といった分子は熱乖離を起こします。
- 2H$_2$O⇒2H$_2$+O$_2$
- 2CO$_2$⇒2CO+O$_2$
- 2H$_2$O+O$_2$⇒4OH
- O$_2$⇒2O
これらの乖離反応は吸熱反応のため、シリンダー内の最高温度を下げる働きがあります。

例えば、CO$_2$⇒CO+$\frac{1}{2}$O$_2$は283kJ/molの吸熱です。

ただし、乖離によってモル数は増えるので、圧力に対しては上昇させる影響があります。
燃焼による温度上昇が即時には完了しない
理想的なオットーサイクルではガソリンの燃焼熱を定積で受け取りますが、実際のエンジンでは常にシリンダーが高速で動き続けているため、燃焼熱の受け取り工程を定積昇温とみなすことはできません。

実際のエンジンでは、燃焼時間中(10ミリ秒程度)にクランクが30℃程度回転します。(村山正著の「エンジン工学ー内燃機関の基礎と応用」より)

やっぱり、燃焼工程を定積とするのは難しいね
燃焼工程が定積とできないため、実際のエンジンサイクルの最大圧力は、完全ガスの理想的なオットーサイクルに比べてかなり低下します。
まとめ
このページでは理想的なオットーサイクルの具体的な計算結果を紹介したうえで、実際のガソリンエンジンではオットーサイクルと比べてどのような違いがあるかを4つのポイントをご紹介しました。
ガソリンエンジンのサイクルを模したものがオットーサイクルですが、定積昇温とはかけ離れている点、燃焼組成の変化を無視している点など、実際のエンジンをかなり単純化したモデルです。
しかし、圧縮率を上げるほど熱効率が高まる点や点火前の圧縮が断熱的に進む点など、実際のエンジンを模せている点も多いため、非常によいモデルです。
「エンジン工学ー内燃機関の基礎と応用」にはエンジン工学の理論と実際が詳しく解説されています。内容はオットーサイクルといった熱サイクル、ガソリンの燃焼論、ターボ吸排気系に至るまで幅が広いです。
オットーサイクルやディーゼルサイクルは本書約270ページ中、60ページほど(2章、3章)で基本的内容(熱効率や損失)が解説され、後の章になるにつれて実際のエンジンにおける課題や技術が図を交えて詳しく説明されています。

